浮世絵師の始まりと終わりの物語=梶よう子「吾妻おもかげ」「ヨイ豊」

「広重ぶるう」「北斎まんだら」では、浮世絵最盛期の浮世絵師や彼らを取り巻く版元、家族・弟子たちが描かれていたのですが、その浮世絵の栄枯盛衰には始まりと終わりがあるのは当たり前のことで、その始まりとなった徳川初期の浮世絵師・菱川師宣と、浮世絵の最期を看取ったともいえる幕末期の浮世絵師・四代目・歌川豊国を描いたのが「吾妻おもかげ」と「ヨイ豊」の浮世絵シリーズの二作です。

あらすじと注目ポイント

『梶よう子「吾妻おもかげ」』のあらすじと注目ポイント

「吾妻おもかげ」の構成は

第一章 逢夜盃
第二章 挿絵絵師
第三章 迷友
第四章 絵師菱川師宣
第五章 邂逅
第六章 吾妻おもかげ

となっていて、冒頭は、三代将軍・徳川家光が亡くなって数年後、房州で大きな工房を営んでいる縫箔師の息子・吉兵衛が、今吉原の遊郭で売れっ子の花魁「小紫」のもとへ通ってくる姿から始まります。

彼は、本来なら縫箔師の家を継がないといけないのですが、いくら良いものを創っても、「名前」の残らない家業を嫌って、江戸へ出て「絵師」となる修行を始めたのですが、当時主流であった「狩野一門」には、絵師の家系でもなく、独学で絵を学んだ程度の吉兵衛が相手にされるはずもなく、入門を断られ、その鬱屈を紛らすため、実家の金を使って吉原で遊蕩を続けている、という状態です。

このままでは、安房に帰って縫箔師の家を継ぐしかない状況なのですが、たまたま、草臥れた着物に刺繍を施してやったことから馴染みになった「さくら」という女郎が、明暦の大火で焼け死んでしまったことをきっかけに「絵師」として独り立ちすることを決心し・・といった展開です。

当時、江戸の出版は、京都や大阪で刊行されたものの焼き直しで、新版物はほとんどなく、そのため、本の挿絵も絵師の名前などは記されておらず、ましてや浮世絵のように一枚物の出版は皆無といった状態だったようです。

この状態をひっくり返すため、吉兵衛は、新興の版元「鱗形屋」と組んで、新たな「江戸前」の出版を仕掛けることとなり・・という展開です。
中盤から後半部にかけては、「浮世絵」をこの世に送り出した絵師。菱川師宣の快進撃が始まりますので、詳しくは原書のほうで。

ただ、後半部分では、その新分野開拓の意志とセットになっているかのような上昇志向と支配欲が裏目にでて、息子や弟子の離反を招いていきます。幕府御用達の絵師「狩野一門」を見返すためつくりあげた「菱川流」なのですが、後継者が次々と師宣のもとを去る中で、彼はある境地に至るのですが、そこで描かれたのが、記念切手でも有名な「見返り美人」です。その絵姿の面影は、師宣が若い頃知り合った、ある女郎の姿を映したようで・・といった筋立てです。

『梶よう子「ヨイ豊」』のあらすじと注目ポイント

「ヨイ豊」の構成は

一、梅が香の章
二、梅襲の章
三、裏梅の章
四、梅が枝の章
終章

となっていて、四代将軍から五代将軍の時代を背景に描かれた「吾妻おもかげ」からほぼ200年後、時代は幕末となっています。「吾妻おもかげ」ではようやく産声をあげたといってもよかった「浮世絵」なのですが、菱川師宣以後、鈴木春信、勝川春章、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、渓斎英泉、安藤広重といった名だたる浮世絵師によって、江戸を代表するものとしてその地位を確立した中、浮世絵師の中でひときわ光彩を放つ@歌川一門」を代表した絵師・三代「歌川豊国」の葬儀のところから物語は始まります。

主人公となるのは、その筆頭弟子で、後に四代目豊国を継ぐこととなる二代目「歌川国貞」こと清太郎です。ただ、この二代・国貞、才のほうは見認められているのですが、三代目・豊国が「大坊主」と呼ばれたに対し、あだ名が「小坊主」で、その才が小振りだ、と評されていて、さらに本人もそれを自覚している、といった設定ですね。

さらに国貞には、豪放磊落な弟弟子がいて、その才能のきらびやかなことを羨んでいることから、版元たちの「四代目・豊国」の襲名のススメも素直にはきけなくて・・といった展開です。

すでに爛熟の時を迎えていて、どうかすると「腐乱」の臭いになりかねない「浮世絵」の世界に生きる絵師たちが、幕末・御一新という大混乱・大変革の時代にどう生きていったか、浮世絵の最期をお楽しみください。

レビュアーの一言

梶よう子さんは、浮世絵の勃興から終焉までを「吾妻おもかげ」「北斎まんだら」「広重ぶるう」「ヨイ豊」の四連作で描いているのですが、写楽のような徒花といっていい浮世絵師のほうは作品化されていないようなのが残念ですね。
当方としては、写楽だけでなく、幕末から明治初期にかけての無惨絵の「落合芳幾」や月岡芳年、さらには「開化絵」の三代歌川広重あたりも小説化してもらえると、浮世絵の総覧ができそうな感じがするのですが・・。

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