古来より死刑は、犯罪の抑止のための閨閥として行われていたのですが、フランス革命前後のフランスでは、民衆の鬱屈と不満をそらすための「イベント」の一つでもありました。
その処刑を執り行う一族「サンソン家」の一員で、ルイ16世やマリーアントワネット、ロベスピエールなどフランス革命期の多くの有名人をはじめ300人の人間の首を刎ねた伝説の処刑人「シャルル・アンリ・サンソン」とその妹「マリー・ジョセフ・サンソン」を中心に、フランス革命を別の角度からとらえた歴史コミックのシリーズが坂本眞一によって描かれた「イノサン」「イノサン Rouge」です。
今回は、処刑人の目からみた、血塗られた「フランス革命史」の前夜となる「イノサン」の第1巻から第2巻までをご紹介しましょう。
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あらすじと注目ポイント
「第1巻 紅き純真」~弱虫の「シャルル・サンソン」は処刑人に強制デビューさせられる
第1巻の構成は
n°1 紅き純真
n°2 灰塗れの正義
n°3 蒼茫の剣
n°4 虹霓巡合う
n°5 光讃える登壇
n°6 白面の抵抗
n°7 黎明の執行令
n°8 無心の断頭台
となっていて、物語はフランス革命の始まりとされる「バスティーユ監獄の襲撃」事件から遡ること36年前の1753年から始まります。このシリーズの主人公の一人となる、「シャルル・アンリ・サンソン」は死刑執行人の一族に生まれた人物なのですが、死刑廃止論者としても知られた人なのですが、それは後の話。
この巻の冒頭の段階では、処刑人の一族であることを疎まれてようやく受け入れた学校を退校になり、悲しみに暮れる、「軟弱なシャルル」の姿から始まります。彼は処刑人なることを嫌っていて、そのため、処刑人の首領である「ムッシュー・ド・パリ」である三代目サンソンやサンソン家の実権を握る二代目サンソンの夫人から厳しく「躾け」されています。まあ、その様子は虐待とも拷問ともとれる感じなので原書を読む時は注意してくださいね。
しかし、いくら嫌がっていても二代目サンソンの夫人の意向は強く、さらに三代目サンソンの父の体調不良もあって、シャルルはシャルトワ伯が催す宴会に招かれ、そこで、ライオンを試し切りするというイベントに駆り出されます。
このライオンの処刑をシャルルが断ったことから、来賓であった陸軍相の貴族の不興をかい、その余波で、シャルルは、野原で知り合ったシャルトワ伯の子息を処刑する、という羽目に陥るのですが・・という展開です。
心を許し合ったと思った牢内にいるジャン・シャルトワからシャルルは罵声を浴びせられてショックを受けているのですが、ジャン・シャルトワが収監されることになった経緯がかなりグロいのでご注意を。
「第2巻 私は無垢」~シャルルは四代目サンソンとしてデビュー。そして彼の対極となるマリー・サンソン登場
第2巻の構成は
n°9 柘榴
n°10 私は無垢
n°11 潔癖たる稼業
n°12 鮮血の家訓
n°13 棘の道の父と子
n°14 我が天命との闘争
n°15 2つの家の”M”
n°17 背徳の慈悲心
n°18 ”持たざる者”の哀哭
n°19 生と死の螺旋
n°20 大義への”レス・マジェステ”
となっていて、冒頭は前巻からの続きで、プロテスタントの疑いがかけられたシャルトワ伯の息子、ジャン・シャルトワの処刑です。この当時、フランスでは、1685年にルイ14世が「ナント王令」を廃止し、プロテスタントを禁止していた時代で、通常は棄教しない男はガレー船の漕ぎ手にされるぐらいであったのですが、彼は反逆罪に問われ死刑を宣告されています。このあたり、父親に絡んだ政争の臭いがするのですが、詳細は原書でお確かめを。
で、この処刑を執行するよう命じられたのが、シャルル・サンソンだったのですが、彼の手元が狂い、友人と思っていたジャンを一刀両断するのを失敗しています。失敗に動揺し、取り乱したシャルルは剣をやみくもにジャンの頭に振り下ろして息の根を止めるのですが、その残虐な処刑に、廻りの民衆が大ブーイングを浴びせてくる、という最悪のデビュー戦ですね。
この後始末は、父親の三代目サンソンがつけてくれたのですが、三代目のシャルルに対する評価はがた落ちで、三代目はその夜からシャルルに代わる四代目候補の「生産」に励むことととなります。このへんから三代目サンソンの体調も悪化していくのですが、この「荒淫」のせいもあるかと思いますね。
しかし、父親が自分を廃嫡しようとしていることを知ったことが、シャルルを処刑人として覚醒させ、シャルルは四代目サンソンのとしての道を歩み始めることとなります。さらに、ここで、シャルルの対極的存在として物語の一端を担う妹「マリー・ジョゼフ・サンソン」ともう一人のマリーとなる「マリー・アントワネット」が物語に登場してきます。
物語の後半部分では、150年ぶりの行われた、生きたまま身体を四方に引き裂く「八つ裂きの刑」を受けた、ルイ15世暗殺未遂の犯人「フランソワ・ダイソン」と事件が起きる数日前に出会います。息子といっしょに行き倒れそうになっているところを、自宅へ連れ帰り、息子の足の壊疽の治療をしてやります。この頃、サンソン家は刑死体の保管を請け負っていたので、人体の構造にも熟知し、外科的な治療を行う医師業も営んでいたんですね。
そして、治療して息子の命を救ってくれたことに恩義を感じたダイソンは、自分の農具を売って治療代を捻出するために、故郷のベルサイユへ帰るのですが、これが彼を「国王暗殺」へ追い込む原因となってきます。
レビュアーの一言
代々、フランス国王公認の処刑人を務めていたサンソンは、刑死体の保管も任され、死体解剖なども秘密裡に行っていたようで、人体の構造にも知悉することとなり、医者も兼業しています。このあたりは、人体の「肝」を医薬品として売っていた、江戸幕府のお試し御用を務めていた「首斬り朝右衛門」の山田家と同じ感じですね。
公務とはいえ、「死刑」を執行する役目には大きなストレスがかったでしょうから、人の命を救う「医業」というのは収入面だけでなく、精神面な代償の側面もあったのだろうと思われます。
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