秀吉は我が子の供養のため朝鮮侵攻へ突き進む=「信長を殺した男 日輪のデマルカシオン」4・5

天下統一まであと一歩のところまで進み、第六天魔王とも怖れられた織田信長を討った明智光秀を、山崎の合戦で斃した豊臣秀吉。その後も次々と織田家のライバルを葬って、卑賤の身から成り上がって天下を手中におさめた、日ノ本一の出世男・秀吉の抱える「権力欲」と「心の闇」を描く「信長を殺した男」の第2シリーズ「信長を殺した男 日輪のデマルカシオン」の第4弾〜第5弾。

前巻では、小牧長久手の戦で、戦術的には優勢であったものの、秀吉の策略で膝を屈し、秀吉の天下を受け入れた徳川家康と、「公家」になるという奇想天外な方法で「天下人」となった秀吉と彼が過去を消し去ろうとした姿が描かれていたのですが、今回は、天下を狙いながら、遅く生まれてきた故に断念せざるをえなかったといわれる伊達政宗に始まって、秀吉の茶道頭とそて政策にも関与した千利休の処刑、そして秀吉の大失政といえる「朝鮮の役」の開始までが描かれます。

あらすじと注目ポイント

第4巻 秀吉は天下を取り、その支配欲は千利休を食い尽くす

第4巻の構成は

第18話 伊達政宗
第19話 月光
第20話 バテレン追放令
こぼれ話 北野大茶湯
第21話 聚楽第
第22話 利休切腹事件
特別企画 利休切腹の実相〜中村修也先生インタビュー〜

となっていて、今巻は「独眼竜・伊達政宗」から始まります。秀吉の北条征伐に遅れて参陣しながらも、その機知で難を逃れたといわれる伊達政宗なのですが、実は秀吉の掌の上で踊らされていて、北条滅亡後の奥羽仕置を容易にする秀吉の策略であったろうと思わせます。

中盤では、今まで友好関係を維持していた、スペイン・ポルトガルとの関係を突然断ち切った「伴天連追放令」に至った様子が描かれます。

ここでは、秀吉の「唐入り」の計画に便乗して、軍船を派遣し、日本を手始めに中国・明国を征服しようと考える彼らの謀みや、この当時、長崎が彼らの支配下に置かれていて、多くの日本人が奴隷としてマカオを経てヨーロッパまで売り飛ばされていたことが明らかにされていきます。

このあたりは、渡邉大門さんの「倭寇・人身売買・奴隷の日本史」あたりが詳しいので興味を覚えた方は読んでみてくださいね。

後半部分では、茶道によって秀吉政権の中枢に入り込み、政策決定にも影響力をもっていた「千利休」が処刑されるに至った真相が推理されています。

千利休は、茶道具を利用した金儲けや大徳寺山門の上に自らの木像を安置したことを、利休の影響力が大きくなることを嫌った石田三成が咎め立てをし、失脚したとされているのですが、実は、根底に「唐入り」へ反対があったのでは、と推理しています。

個人的には、秀吉の「唐入り」つまり大陸侵攻は、信長の「主要港」を実質的な支配下において、点としての支配を目指した「海洋国家」型を領土拡充を目指す「陸上国家」型へ変形させた、できの悪いコピー政策と思っているのですが、当時の一流文化人・千利休の運命にも大きく影響していたわけですね。

第5巻 我が子の死によって秀吉は「唐入り」に突き進む

第5巻の構成は

第23話 玩具船
第24話 太閤
第25話 名護屋城
外伝 アウグスティヌス
第26話 文禄の役
第27話 王都侵攻

となっていて、冒頭では、秀吉の長男で、幼くして亡くなった「鶴松」用につくられた「玩具船」と呼ばれる巨大なおもちゃのエピソードから始まります。

鶴松は秀吉53歳の時に、茶々との間に出来た子供で、生後4ヶ月の頃には秀吉は早々と後継者指名をしたのですが、病弱でわずか2歳ちょっとで亡くなっています。

本書では、秀吉の「唐入り」の動機を、この鶴松をより大きな国の君主としたい、秀吉の「親バカ」に求めています。第4巻の前半で、この鶴松は秀吉の子種ではなく、寺院で子のない夫婦に子を授ける「通夜参籠」という風習、つまりは僧侶による「非配偶者間受精」によってできた子供とされているのですが、秀吉にとっては「我が子」に変わりはなかった、ということのようですね。

鶴松がそうであるならば、おそらくは「秀頼」もそうであることは想像できて、実は、ここで茶々による「浅井・織田」家の天下奪還が行われようとしていたのかもしれません。

中盤から終盤にかけては、小西行長の半生記を挟みながら、秀吉の「唐入り」つまりは朝鮮侵攻が始まります。

本シリーズでは、秀吉の妄執に由来した「無謀」ともいえるこの戦役が、小西行長・宗義智による偽装工作に端を発して、日本国を支配下においた秀吉へさきがけて逆らうことを避ける有力戦力大名たち、そして、国内の党派争いで日本の侵攻はないと防備をしない隣国など、様々な条件が複合して戦端が開かれていったことがわかります。

もっとも、「唐入り」の首謀者・秀吉にしてもすでに「鶴松」は死去しているわけで、可愛い我が子を広大な領土の主にしようと考えた当初の思いは、死んだ我が子への供養の趣になっているのですがね。

本巻は、この朝鮮戦役が始まり、東北アジアに大きな動乱がまきおこりそうなところで次巻以降へ続きます。

レビュアーの一言

第4巻では、不幸な死を遂げた有名人の定番ともいうべき「利休生存・亡命説」が紹介されています。利休は切腹せず、細川家によって逃され、九州へ落ち延びたというもので、これは中村修二先生が「利休切腹」で唱えた説ですね。

真偽のほどは別として、こうした有名人亡命説は昔からあって、源義経が」ジンギスカンに、明智光秀が天海和尚に、というトンデモ説は有名ですよね。このほか、豊臣秀頼や西郷隆盛も亡命説がありますね。

ちなみに、「へうげもの」では、あの古田織部も亡命して薩摩・琉球へと逃れていますが、詳細は、「へうげもの」シリーズで。

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