喫茶店「るそう園」で無愛想な少女の推理が繰り広げられる=久青玩具堂「まるで名探偵のような 雑居ビルの事件ノート」

ごく平凡な高校生・小南通が、雨宿りで偶然入った古びた雑居ビルの1Fにある喫茶店「るそう園」には、ビルに同居している探偵事務所、占いの館、古書店、雀荘の経営者や従業員から様々な謎が持ち込まれてきます。

もともと推理小説好きの小南は、それらの謎解きに首をつっこむのですが、正解らしいものにたどり着くのは、感情を表情に出さない、喫茶店の店主の娘・三ツ橋芹です。

気が合うようであわない高校生コンビの推理が、ビルの店子たちのちょっと苦いエピソードを明かしていく青春ミステリーが本書『久青玩具堂「まるで名探偵のような 雑居ビルの事件ノート」(東京創元社)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

第一話 名刺は語らない
第二話 日記の読み方
第三話 不死の一分
第四話 パック寿司とハムレット
第五話 名探偵の資格

の五篇。

第一話の「名刺か語らない」は、この連作短編の第一作ですね。冒頭は、主人公となる「小南通」が学校帰りに突然の雨にあって、舞台となる喫茶店「るそう園」へ雨宿りするところから始まります。

この「るそう園」のある街は「通っている高校から二駅ばかりの間、線路沿いにスーパーや飲食店が立ち並んでいる。帰宅する人々が鍋で煮るようにぐつぐつと足を踏み鳴らし・・」とあり、喫茶店の様子は

目を上げれば、アンティークドアのガラス窓から柔らかな光が漏れている。古びた雑居ビルのテナントだが、この階だけ煉瓦タイルでしつらえられていて安っぽさを感じさせない。

とあるので、おそらくは東京などの大都会の少し郊外のベッドタウンの駅近、といったイメージでしょうか。

で、午後からの授業をサボって街をぶらぶらしていた彼はこの喫茶店で時間をつぶそうとするのですが、そこへビルの店子で、探偵事務所を営んでいる「戸村」が店へやってきて今請け負っている仕事のグチをこぼします。

彼は「サオトメ」という名前の女性から夫の浮気について調査依頼をうけたのですが、最近、戸村の名刺をつかって聞き込みをしている人物がいるらしく、戸村が訪れていない辺宮精機という会社で、そこの「能戸」という社員のことを根掘り葉掘り聞いて回っている、とその会社から苦情が入ったとのこと。

もちろん、戸村本人ではなく、誰かが戸村になりすましての犯行に間違いないのですが、戸村の名刺をどこでてにいれたか、が謎となります。彼は依頼者の女性と同業者、依頼者の近くの地主と、3人にしか名刺を渡していません。

一体誰が何の目的で・・という謎解きですね。

で、この話を聞いているうちに黙っていられなく成った、ミステリー好きの主人公が推理を披瀝するのですが、喫茶店の店主の娘「三ツ橋芹」が彼の推理を真っ向から否定する「別の推理」を持ち出してきて・・という展開です。

二人の推理対決のあとで、本編の謎を持ち込んできた「戸村」の過去と依頼者や真犯人との意外な関係が明らかになってくるのですが、詳細は原書のほうで。

第二話の「日記の読み方」は、ビル内で占い館を経営している「アザゼル麻子と名乗る女性が持ち込んできた案件です。

それは一週間前に、占い館を訪ねてきた「立花」という女性から、二ヶ月前から行方不明になっている娘・早苗の居所を探し出してほしい、という依頼がもちこまれ、早苗がつけていた「ブログ」の日記を頼りに推理を働かせます。

その日記には、最近、早苗が薬師寺という同級生につきまとわれていたこと、さらの彼女が「先生」と呼ぶ人物の家を訪れたり、食事をごちそうになったりしていたことが書かれていて、小南くんは、早苗の大学の指導教授である「田島」という教員が怪しいという推理をするのですが、ここでも「三ツ橋芹」が真っ向から別の推理を持ち出してきて・・という展開です。

少しネタバレしておくと「先生」というと学校の関係者と考える思い込みをつかれたものですね。

このほか、古書店の経営者の息子が持ち込んできた江戸前期のある藩の伝説的な剣の使い手による密室殺人の謎を解く「不死の一分」、「ろそう園」の入っているビルの管理業務をしている女性から持ち込まれた、同じマンションに住んでいる女性と夫との不倫疑惑を晴らす「パック寿司とハムレット」が収録されています。

そして最終話では、小南くんの推理をいつも否定する、感情を全く表情に出さない少女・三ツ橋芹とこの喫茶店のオーナーのほろ苦い過去が明らかになっていきます。

レビュアーの一言

作者の「久青玩具堂」さんは、「玩具堂」名義で「子ひつじは迷わない」シリーズや「CtG ゼロから育てる電脳少女」シリーズ、「探偵くんと鋭い山田さん」シリーズなど、ライトノベル系を2010年代はじめから発表されてきていたのですが、こうした青春推理ものは初作といっていいかと思います。

収録されている5篇とも、本筋のところでは、登場人物の性格描写などは控えめで、どちらかというと平板な感じを受けるのですが、推理が決着した後に濃密な過去が出現する、という「辛味があとからやってくる」的な構成で、登場人物たちのほろ苦い人生の味があとから「じわっ」とやってくる短編集に仕上がっています。

ちなみに、こちらの東京創元社のHPに作者インタビューが載ってますので興味のある方は見てくださいね。次作とかの話は載っていないのが残念ではあります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました