藤原氏繁栄の礎をつくった「史(不比等)」、古事記をつくるー「ふることふひと」1〜3

飛鳥時代から日本の政治権力の中心にあって影響力を行使してきた一族といえば「藤原氏」ということで異論はないと思うのですが、その藤原氏が権勢をふるっていく基礎を築いたのが、中臣鎌足の次男で「比べる人はいない」という不遜極まりない名前の「藤原不比等」。
この藤原一族の二番目の創始者といってもいい「不比等」を主人公に、飛鳥時代の政治模様を描いたのが本シリーズ『風越洞×壱村仁「ふることふひと」(マックガーデンコミックス)』です。

今回は、大舎人という下級官吏として働いている「中臣史(藤原不比等)」が女装して「古事記」編纂に関わるところや、自らの出自の秘密と兄の死の秘密を知る第1巻から第2巻までをレビューしましょう。

あらすじと注目ポイント

本シリーズの主人公となる「藤原不比等」は、大化の改新で中大兄皇子とともに蘇我入鹿を討ち、蘇我氏を滅ぼした後、天智天皇の謀臣として権勢をふるった中臣鎌足の次男で、後の藤原氏の隆盛ぶりから、なんの苦労もなく若い頃から宮廷政治の中心人物であったようなイメージを抱かれる人も多いと思うのですが、実は彼はかなりの苦労人で、その役人生活も「大舎人」という官吏の登用制度に合格した下級官吏としてスタートをきっています。

というのも、父・中臣鎌足が仕えていた天智天皇亡き後、天智天皇の弟である大海人皇子と天智天皇の息子の大友皇子が皇位継承を巡って戦った「壬申の乱」で、大友皇子の近江朝側についた中臣一族の多くは失脚してしまっていて、藤原不比等も没落貴族の子供としてその宮人生活をスタートした、というわけですね。なので、当時の名前も「不比等」という不遜なものではなく、歴史官を意味する「史」というのが本名だった、と本シリーズではなっています。

第一巻 史(不比等)は稗田阿礼として歴史を語る

シリーズのスタートは父・中臣鎌足の没後、壬申の乱での弘文帝の近江朝側の敗北にとって権力の座から滑り落ちていた一族の次男・中臣史(のちの藤原不比等)が無位無官の官人見習い・大舎人として役人生活を始めていたのですが、彼に天武帝から、新しい史書「古事記」の編纂が命じられるところからスタートします。

というのも、かつて聖徳太子と蘇我馬子が共同編纂した史書が、蘇我本家が滅亡した乙巳の変で焼失しそうになった際、中臣鎌足がそれを持ち出し、「史(不比等)」がそれを記憶している、という設定になっています。天武帝としては、この時代、豪族たちがそれぞれ伝えている「家史」が乱立し、どれが正史なのかわからなくたっている上に、天皇家を中心とする「歴史」を定めて権威を高めるため、それを文書化して正統な歴史書として「日本書紀」とあわせて「古事記」を編纂しようということのようです。

歴史の通説によると古事記は、故事を伝えている語り部の巫女である「稗田阿礼」の言葉を太安万侶がまとめた、となっているのですが、本シリーズでは、中臣氏が伝えた歴史など信用する者がいないのであろうから、史(不比等)が女装して「稗田阿礼」となり、安麻呂の口述させた、という設定になっています。

そして、「史(不比等)」が安麻呂に自らの記憶している「歴史」を語っているうちに、中臣の記録に遺されているものとの食い違いに気づきはじめ、流布されている「歴史」の中で隠蔽されている「別の歴史」の存在に気づき始め・・という展開です。

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第二巻 史(不比等)は敗者の歴史を正史に残す

第一巻の最後のほうで、現在の帝である天武帝に敗北した近江朝の天智帝の皇子「藤原皇子」であることを告げられ、養親である田邊史大隅に近江朝の復興を要請される「史(不比等)」なのですが、かといって、天武帝の飛鳥朝転覆といったクーデターを計画するほど無謀なわけもなく、自らの記憶している「史書」を「古事記」として文書化することに専念します。このあたりが、後に現在の中臣一族の長である「中臣大嶋」との軋轢になっていくのでしょうね。

まあ、この「古事記」で勝利者であるアマテラスの一族の歴史だけでなく、敗北した出雲一族の歴史も同列に史書の中にいれていったあたりに、敗者である「近江朝」の生き残りとしての思いを込めた、といってもいいかもしれません。

敗者の歴史を正式な「青史」である古事記にいれることは、天武朝で武臣として功績をあげた「多」一族の一人である太安万侶としては、いろいろ思うところがあったのですが、寂れ果てた近江朝の近淡海大津宮の様子を見て思い直すシーンが描かれています。

ついでにいうと、この巻は、古事記などに記録されている「日本神話」「出雲神話」の復習編といった趣もありますので、やたらと長い神さんの名前とかがずらずら出てくるのですが我慢して読み進めましょう。

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第三巻 史(不比等)はもう一つの葬られた歴史を知る

史(不比等)の語る「出雲族」の歴史を削ることなくいれた「古事記」はだんだんと完成に近づいていくのですが、「史(不比等)」と「安麻呂」はここで、出雲族の歴史の記述の長さに比べ、勝利者である「アマテラス」側、つまり「倭」の歴史がひどく簡略であることに気づきます。さらに、「史(不比等)」は、中臣家に伝わる系図の中に、いままで語られることのなかった「神」の名前が記されていることをみつけます。この2つの謎を解く鍵は・・ということで、聖徳太子たちによって抹殺されたもう一つの政権である「倭」の歴史の存在に気づくことになります。

この出雲と並ぶもう一つの欠史を伝えてきたのが、第一巻で史(不比等)の創作のようになっていた「稗田」という一族で、その長が「阿禮」ということで、今巻で本当の「稗田阿禮」が登場します。

そして、この失われたもう一つの歴史をさぐることは、「史(不比等)」が触れてはならないもう一つの「秘密」へとつながっていきます。それは、彼の兄で唐へ留学に行き死去したといわれている「定恵」に関係したことで、彼の死と彼の出自にも実はある秘密が隠されていて・・という展開です。

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レビュアーの一言

当時、父・鎌足と天智帝の死と、それに続く近江朝の敗北で、すっかり権力の座から滑り落ちてしまった「藤原」一族を、再び押し上げ、また、「藤原」を名乗れるのは「不比等」の子孫だけに限るしきたりをつくりあげ、自らの子孫が権力を独占するシステムを作り上げた「不比等」は隠れた「大陰謀家」のイメージがあるのですが、このシリーズでは、まだまだその片鱗は隠されたままです。
これから、兄の死の秘密を知り、さらには天武帝の死去などをへて、他の氏族だけでなく、一族同士の権力争いの中で、「史(不比等)」がどんな変身を遂げていくのか楽しみにしておきましょう。

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