失われた日本の「農村」がここにある ー 矢口高雄「おらが村」

幼い頃の思い出なのか、あるいは子供の頃見た記録映像を覚えているのか不明確なのだが、「昔の風景」というものが誰もの心の中に確実にあるのだが、その風景が「農村地域」である人の割合は確実に減少しているように思う。

そんな「原風景」としての「農村」が確かに存在していた昭和30年代の秋田で、昔からその地で農業を営んでいる「高山家」を舞台に、すでに歴史の一コマとなった日本の過去を描くのが本書『矢口高雄「おらが村」(ヤマケイ文庫)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

囲炉裏の章
 横座
 狐棲む里
 鰰(原書では魚ヘンに雷)
 師走
 寒春
 福寿草の香
 メメンコ
 蕗のとう
こぶしの章
 儀衛門のクマ
 カタゴの花筵
 テル坊主の池
 つばくろ
 ヒデコ
 雨あがり
桑の実の章
 ホトトギス
 忘憂草
 UFO飛来
 はたおり
嫁ききんの章
 律子
 十三夜
 渋柿
 末枯れ
 神無月
 忍華
 白春
 ふきどり
 せせらぎ
 土橋
 帰去来
 春宵
段落の章
 廻春

となっていて、1973年〜1975年に「週刊漫画アクション」に掲載されたものの集大成で、「高山家」という中規模の農家の主人・高山政太郎、妻・信江、長男。政信、末娘・かつみをメインキャストにして、今では記録映像の中でしかお目にかかれない「農村」の暮らしを数々が描かれていく。

そこでは、贅沢ではないが、かつての日本が持っていた「景色」があって、たとえば海から遠い山間部において貴重な蛋白資源であるハタハタを囲炉裏端で焼いて食う「旨さ」であり、

春の息吹を伝える「福寿草」であり、雪に埋もれた小川に雪を放り込んで捕まえる「クキ(ウグイ)漁」で、

冬になると雪で閉じ込められてしまう村に存在した「豊穣さ」を表しているようのである。
そして、それは雪が溶けていく春が象徴する「こぶしの花」で最高潮に達し、

東京オリンピックの開幕もまだの、日本が貧しくはあったが、精一杯、将来に向けて歩みだそうとしていた「明るさ」を描き出している。

ところが、この牧歌的な風情に、後半になると暗い影がさし始めてくる。それは当時の農村で通例となっていた「出稼ぎ」であり、村から都会へ出ていった者が故郷へ蹴ってきた時に吹雪に巻かれて投資してしまう事件に象徴される「故郷」との断絶である。

そして、それはこれは、本巻の主人公である「高山家」も例外ではなく、長男である「政信」と隣村の農家の娘の「律子」との間の恋愛で、両人とも「家を継ぐ」という宿命のために泣く泣く別れなければならないということに、当時の農村の持っていた「古さ」と「哀しみ」が現れているように思える。さらには、親が決めた「律子」の婚約者も家を継ぐ必要のない次男ではあるが、「出稼ぎ」という当時の農村のシステムにしっかり組み込まれているあたりは「悲恋」よりも「現実」の頑強さを感じてしまうのである。

この「政信」の嫁取り話は、彼の出稼ぎ先の会社の社長の娘さんが、押しかけ女房的にやってくることで新展開を迎えることになるのだが、これが「農村」の明るい象徴となったかどうか、これ以後の地方の農村の姿を見ると、当方としては複雑な思いを抱かざるをえませんね〜。

【レビュアーから一言】

この巻の「高山家」の末娘である「かつみ」は、成長してからもこの村に残り(「新・おらが村」では農協に就職したことのなってますね)、作者の「農村」シリーズのメインの語り部として成長していく。田舎の娘さんではあるが、明るく、元気がよくて、読んでて愉しいキャラクターに成長していくのが嬉しいですね。

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