終戦直後の混乱時、生体改造された少女の活躍を見よ=大上明久利「極東事変」1~3

1945年9月。連合国へ無条件降伏し、アメリカの進駐軍が統治する東京を舞台に、戦時中、中国東北部で兵士の感染予防や衛生体制の研究とともに細菌戦に使用する武器や細菌と人体実験を行っていたといわれる日本陸軍731部隊が作り出した生体兵器「変異体(ヴァリアント)」の本土決戦部隊「奇兵隊」と彼らを殲滅しようとするGHQとGHQに所属するヴァリアント・砕花と帰還兵・近藤勘九郎の戦いを描く、仮想戦後史マンガ『大上明久利「極東事変」(ハルタコミックス』の第1弾から第3弾を解説いたしましょう。

あらすじと注目ポイント

第1巻 復員兵・近衛勘九郎、GHQの手下で変異体の少女・砕花の部下となる

第1巻の構成は

第一話 幼き異邦人
第二話 延長戦
第三話 オールラウンダー
第四話 片腕の男
第五話 サプライズマザファカ

となっていて、主要な登場人物をコミック収録の紹介ページからピックアップすると

GHQ側が

「変異体(ヴァリアント)」の奇兵隊側が

という感じで、この仮想戦後史では表面上は進駐してきたGHQによる日本占領統治がされているのですが、日本国民全員が素直に従っているわけではなく、731部隊のつくった生体兵器「変異体(ヴァリアント)」で組織された本土決戦部隊「奇兵隊」は解散を命じられながらもそれに従わず、首都でテロ行為を繰り広げています。さらに復員した旧日本軍の兵士の一部もそれに協力していて、何か事がおきれば国内が戦乱状態になりかねない、という状況です。

で、物語は「変異体(ヴァリアント)」ながら、GHQの手先として働いている砕花が、南方からの復員兵・近衛勘九郎を襲っていた「変異体(ヴァリアント)」の部隊を殲滅するところから始まります。この「変異体(ヴァリアント)」は薬による生体改造がされていて、自己修復力が極度の高いため、頭を吹き飛ばさないと死なないため、変異体との戦闘は「血まみれ」状態となります。

そして、砕花に救われた勘九郎は、彼女の部下として、GHQの治安衛生局の特別参謀「ジュリア・マードック」の指揮下で、731部隊の生き残り「玄森人見」率いる「新・騎兵隊」との戦闘に巻き込まれていきます。

第2巻 「奇兵隊」による外務大臣公邸襲撃開始。憲法草案を守れ

第2巻の構成は

第六話 タダより怖いものは無い
第七話 吾輩は砕花である
第八話 炎226
第九話 我レ狂カ愚カ知ラズ 一路遂ニ奔騰スルノミ
第十話 暗夜行路

となっていて、勘九郎と砕花は冒頭は玄森の部下・柳巴菜の率いる「変異体(ヴァリアント)」のテロ部隊との戦いが始まっています。

ここで勘九郎は、玄森たちに爆弾や銃器を売っている幼馴染で隻眼の「後藤利一」と再会します。彼や巴菜のテロ部隊と、勘九郎+砕花とのガンアクションシーンが前半部分の注目ポイントです。

二話目の「吾輩は砕花である」では、満州で731部隊の被験体となっていた夫婦の娘として生まれた彼女の生い立ちが描かれています。終戦当時、ソ連軍の侵攻の際に記録も廃棄された当時の様子は知らない読者も多いかと思います。さらに漢字、英語、ロシア語、スペイン語、ドイツ語の入り混じった「砕花」の本名には、多民族の坩堝であった、当地を想像させるところです。

後半部は、10年前に青年将校が決起し、当時の岡田総理大臣をはじめ、侍従長、内大臣、大蔵大臣をはじめ政府要人を襲い、主要官署を占拠した「二・二六事件」の再現が玄森と三浦元陸軍中将によって起こされます。もっとも、狙いは占領軍との全面衝突ではなく、昭和21年11月に公布施行された「日本国憲法」の草案作りを邪魔して、三大原則の一つ「平和主義」に隠された「完全非武装化」の成文化を阻止するつもりですね。

三浦中将自体は、二・二六事件の参加者かシンパの一人と思われ、このクーデターに参加した将兵は激戦地に送られて前線に立たせられたそうですのですが、彼は満州へ配属され、そこで玄森たちと知り合うとともに、自らも「変異体(ヴァリアント)」化し、終戦後は原爆を投下された広島に潜伏していた様子です。

そして「憲法草案」の改ざんを目論んで外務大臣公邸を占拠した三浦中将たち「奇兵隊」に対し、勘九郎と砕花、そして治安衛生局付の軍医・一ノ瀬亜矢が戦闘をしかけていくのですが、詳細は原書のほうで。

第3巻 財閥令嬢の新聞記者・舞島麻衣が砕花と勘九郎の前に現れ、GHQ襲撃の謎にくらいつく

第3巻の構成は

第十一話 王手飛車
第十二話 town bee
第十三話 忘れもの
第十四話 チョコレート・ギャング
第十五話 帝都の休日

となっていて前半部分は、外務大臣公邸を占拠し、外務大臣の吉田茂やGHQの民政局長のホイットニーを軟禁し、憲法の改ざん目論む三浦元中将ほかの「奇兵隊」との戦闘が激化しています。

大臣公邸内での迫力あるガン・アクションを楽しんでくださいね。

そして勘九郎たちの働きによって、公邸内から「奇兵隊」の部隊を退けることに成功するのですが、これは奇兵隊内での権力交代にも結びついていってます。

中盤部分では、大財閥のお嬢さんで、「昴日報」の記者をしている「舞島麻衣」が登場します。

彼女は、三浦元中将によって外務大臣公邸が襲撃された事件の真相をさぐるため、GHQの治安衛生局に「取材」にやってきます。

彼女は、「見えないカーテン」といわれた大規模な検閲を行って、情報統制をしているGHQの姿勢に反発し、「報道の自由」をかち取ろうという正義感に燃えている女性なのですが、この治安衛生局の密着取材でいろんなことを知っていくこととなります。

中盤以降は、三浦中将から権力の座を奪い取った「玄森」が敵方の中心人物となっていきます。日本陸軍の高級運人であった父をもち、自らも優秀な軍人であったのですが、ノモンハンで負傷し、第一戦にたてなくなった「玄森」は、その企画力と実行力を活かし、元復員兵を吸収して、奇兵隊を増強していっています。そして、新たに「変異体(ヴァリアント)」化した彼らを使って、GHQを挑発し、日本人と進駐軍との対立抗争を激化させていくのですが、詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言

「極東事変」シリーズのこのタームは、日本がポツダム宣言を受諾し、連合国が1945年10月に連合国最高司令官総司令部(GHQ)を設置し、その後、横浜税関から東京の丸の内に拠点を移してから、1946年の夏ごろまでが舞台となっていて、闇市など庶民の生活は徐々に回復しているものの、占領下の治安もまだ安定しておらず、旧日本軍は武装解除されたとはいえ、状況によっては、内乱がおきる可能性もあった混乱期ですね。

もちろん「変異体」や「治安衛生局」はフィクションなのですが、これを差し引いても、ひょっとしたらありえた「戦後史」として興味深い作品に仕上がっています。

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