光瀬憲子「台湾一周! 安旨食堂の旅」(双葉文庫)

まず最初に言っておくと、中国本土に比べて「台湾」は優しい印象というのが本音である。もっとも中国本土とはいっても、上海とか商売気の強いところへ行った経験しかないので「中国本土」というのはおこがましいが、大方の人の賛意は得られるのではないか、と思っている。
それは今までの歴史とか政治情勢といった話ばかりではなく、大陸から離れた「島」であるという台湾の環境、そして亜熱帯の気候がもたらす一種の緩やかさといったことが醸し出すものであるようで、それは
台北の朝はカラフルなのだ。朝のうちはまだ排気ガスで空気が汚れていないので、晴れていれば午前中は青々とした空が望める。そこに木々の深い緑、赤いや青のパラソル、そして鮮やかな赤や黄緑の野菜や果物が並ぶので、見ているだけで楽しくなってくる。
朝市を歩いていて楽しいのは、彩り豊かな商品が目だけでななく、腹も満たしてくれるからだ。果物を得る店では、店頭に半分に切ったリンゴやオレンジが置いてあり、自由に味見ができる。肉団子などのお惣菜の同じだ。(P23)
といったあたりに鮮やかに表れているといっていい。
さらに、本書は、日本人であるが、台湾の人との結婚歴もあり、台湾での生活歴もあるという光瀬憲子氏の台湾食レポートといえるのが本書で、
構成は
第1章 台北・基隆


 外食率8割超!?大衆グルメ天国と港町


第2章 新竹・北埔


 おなかも心も満たされる客家の人情食堂


第3章 鹿港・彰化・西螺・嘉義


 庶民の生活感にふれる、中西部の旅


第4章 台南


 出陣は夜明け前、台湾の「食都」を巡る


第5章 高雄


 南部最大の都市で、街・人・食を味わう


第6章 台東・花蓮・宜蘭・礁渓温泉


 祭りと民族と湯けむりの旅


番外編 台湾「大衆酒場」入門
 わけあり女のほろ酔い紀行
となっていて、とりあげられている範囲は観光客御用達の台北からはじまり台東まで続く、ありきたりの言葉で言えば「まるごと台湾食べあるき」といった風情。

で、そのバラエティあふれる台湾の食というと、豆漿店の朝ごはんの
台湾人に一番人気の食べ方は、焼餅というシンプルなパイ生地のような焼餅に油條をギュウと挟み、これを温かい豆漿(甘い味か塩味かを選ぶ)に浸して食べるというもの。・・
焼餅と少し甘みのある油條を豆漿に浸すと、ふやけてやわらかい部分とカリッと揚がった部分の両方が口の中で混ざり合い、そこに豆漿の素朴な甘みが加わる。これを美味しいと思えるようになったのは、台湾に暮らして何年も経ってからだ。・・慣れてくるとこの素朴さがたまらなくなる。(P28)
龍骨髄湯は豚の脊髄を野菜とともに煮込んだもの。名前からして勇壮で縁起がよさそう。・・ここ彰化では肉圓(半透明な皮の中に肉やタケノコなどの具材が詰まったもの)とセットで食べるのが一般的なようだ。銀色のシンプルな碗に入ったスープは透明で、ふわふわの卵とマカロニのような形をした白い龍骨髄が入っている。もっとグロテスクなものを想像していたが、薄味でとてもやわらかい。卵といい、龍骨髄といい、豆腐のような、マシュマロのような、やさしい歯ざわりだ。(P133)
注文した火廣肉飯(45元)とアサリ入り排骨湯(35元)が出てきた。ごはんの上に大きな肉の塊。肉には楊枝が刺さっているので、そのままガブリとやる。味がしみていて、見た目通りの力強い噛みごたえ。ホロリと崩れるタイプの肉ではなく。ぎゅっと引き締まっている。脂身の部分はプルプルでやわらかい。脂身と肉の部分とをバランスよく口に含み、白いご飯といっしょにいただく。
排骨湯は通常、骨付きの豚肉がごろっと入ったあっさり豚骨スープ。だが、この店では、さらにニガウリ、タロイモ、排骨プラスアルファのメニューがあるのがうれしい。(P137)
といったあたりに思わず顔が綻んでしまうのだが、そういった食の提供者がストイックで求道者的であるのが日本の常であるし、流行ってくると拡大基調になるのが、現代社会の常ではあるのだが、台湾の場合はちょっと違うようで、流行っている「牛肉麺」で
元気に店を切り盛りするおじさんのそばで、にこやかな息子が注文をとっている。聞けば、この店の牛肉麺は1日200食限定だとか。午前11時半に店を開け、完売すると店を締めてしまうので、売れ行きのいい日は午後6時には店じまいと鳴る。・・・人気店なのだから200食と言わず、もっと作れば儲かるのでは?と息子に聞いてみると「オヤジと2人だけでやっているから、そんなにたくさん作ったら疲れちゃうよ」とくったくのない笑顔を見せた(P43)
という主人が登場したり、
台湾の屋台オーナーで、儲かったら夜市を卒業して他店舗を出そう、フランチャイズ展開をしよう、と考える人は少数派だろう。むしろ古いままの看板を掲げ、従業員も店舗も増やさず営業を続ける人が多い。移動したら客が減る、作る量を増やしたら質が落ちる、という原理をよくわかっているのだ。・・変化を求め、新しいものを追うだけが人生ではない。古いものを維持することがどれほど大変で、どれほどすばらしいことか、台湾人は知っている(P76)
といったあたりは少々、修身の教科書っぽくあるのだが、台湾人らしくてなかなか良い所でもあって、腕はいいがアクセクしない、粋な職人の姿を見せられているようではある。
といったところで、その気質を端的に表している
「腹八分目で生きていけばいい」
台湾はいつもそんな気づきをくれる(P286)
といった言葉を引用して、この稿を了としよう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました