札差の刺客の剣を、左馬之助、鉄扇で防げ ー 上田秀人「金の策謀 日雇い浪人生活録3」(時代小説文庫)

「米から金へ」という大政策がどうなるかもあるのだが、江戸の有力者である「札差」と武士が恐れる「目付け」を敵方に回してしまった両替商・分銅屋と、その用心棒・諫山左馬之助が、彼らの攻撃をどう防戦するか、がひとまず主流となっている「日雇い浪人生活録シリーズ」なのだが、第3弾の「金の策謀」は今まで左馬之助を金で誘惑したり、勘定吟味役を使ったり、と「柔」の戦術を中心に攻めてきた加賀屋が、とうとう「剛」の手段に打って出るのが本巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 それぞれの策
第二章 恩と奉公
第三章 伸びる手
第四章 叶わぬ夢
第五章 返された手

となっていて、まずは加賀屋から金を借りている旗本・田野本の家臣・井田とのバトルシーンが最初の山場。この侍、一応剣術の心得はあるようなのだが、「剣豪」とか「使い手」といったものではない。しかし、この程度でも苦戦してしまうのが、左馬之助の「戦闘レベル」のまだまだ低いところなんであるが、この戦闘で「人を倒す」ということの陰惨さを体験したことで、次の段階にレベルアップすることになりますね。

もっとも、この刺客を返り討ちにしたことで、八丁堀同心の佐藤猪之助の目を引いてしまったのが、彼にしつこく付け狙われる原因となってしまうので、レベルアップを喜んでばかりはいられない。特に、こうした「手柄をあげる」ことに目が眩んでいる人物に、「正義の味方」的な色合いがつくと、もう手がつけられないね、という典型的なシチュエーションとなっている。本来なら、刑事が豪商が隠す殺人事件の犯人を追う、といった刑事ドラマの本流的な話なのだが、分銅屋・左馬之助側からの情報が多いので、捜査側の「佐藤猪之助」側に味方できない意識にさせてしまうのが、筆者のうまいところですね。

旗本・田野本の家臣殺害事件は、分銅屋の頼みで、田沼意次がごにょごにょしてしまうのだが、道徳的なところはちょっと置いといて、まずは左馬之助が捕まることはなくなる。ただし、捜査を打ち切らされた佐藤猪之助の執念にさらに油を注いでしまった・・、というのは刑事ドラマでもあよくある展開ですね。

結局の所、田沼の「金主導」政策に反抗している「目付け」二人も、この事件に目をつけてしまうので、「加賀屋」VS「分銅屋」に加えて、「目付け+八丁堀同心」VS「分銅屋+左馬之助」という重層的な抗争劇になってくるので、騒動はおさまるどころか拡大していく筋立てですね。

【レビュアーから一言】

左馬之助が使う「鉄扇術」っていうのは作者のつくったフィクションではなくて、古武道の一種として実在したようで、この 「世界の武器術・剣術」さんの「鉄扇」の記事のように、主に防御用の武術であったようですが、「幻怪日記」さんの「鉄扇術」によれば、暗器として使用され、柳柳生但馬守宗矩が新陰流に取り入れた、とか阿波藩士の森家に一子相伝されてたとかの話がのってますんで、左馬之助の元主家あたりもこういうところかもしれません。どちらも何か謎が隠されている感じがしますな。

日雇い浪人生活録(三) 金の策謀 (時代小説文庫)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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