遊郭の治安を裏から守る「裏同心」誕生ー佐伯泰英「流離 吉原裏同心1」

時代小説の定番の場所というと「江戸」。その中でも、幕府御免の遊郭「吉原」はほとんどの時代小説で舞台の一つとなる定番の場所といっていいでしょう。ただ、描かれる視点は、客や岡っ引きの親分といった側からのものが多くて、「郭(くるわ)」や治安を取り締まる「会所」といった運営側が主役になるのはほとんどなかったのではないでしょうか。
その「吉原の運営側」の物語を、時代小説の手練である「佐伯泰英」さんが描き、今ではロングラン・シリーズのなっている「吉原裏同心」シリーズの第1作が本書『佐伯泰英「流離 吉原裏同心1」(光文社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

序章
第一章 流浪
第二章 吉原四郎兵衛会所
第三章 吉原炎上
第四章 切見世女郎
第五章 騙し合い
終章

となっていて、シリーズ第一作なので、主人公となる元豊後岡藩7万3千石の藩士・神守幹次郎が、幼馴染で上席の侍の人妻となっている汀(てい)とが駆け落ちして脱藩するところから始まります。

第一章 流浪


豊後岡藩は実在した藩で、豊後地方では最大の藩であったようですね。藩主は信長や秀吉に仕えた中川清秀の子供の中川秀成が初代藩主のようです。この中川清秀の妹が「へうげもの」の主人公・古田織部の奥さんですね。清秀は「へうげもの」でも無骨な武将として登場しているので、興味のある方は読んでみてくださいな。幹次郎は「馬廻役」を務めていて、この役職はお殿様の護衛と近侍をする武芸に秀でたエリート的な役職なのですが、7万石程度の小身のせいか、この話ではかなり貧しい境遇となっていて、剣のほうも故郷では流れ者の剣術家から「薩摩示現流」の初歩を習っただけの自己流となってます。
で、駆け落ちしてから、女敵討ちで二人を探し回る汀の元旦那や親戚筋の捜索を避けて、ほぼ十年間、日本国中を逃げ回り、天明5年(1785年)に江戸に逃げ込み、そこから物語の本筋がスタートします。

第二章 吉原四郎兵衛会所

第二章の「吉原四郎兵衛会所」では、本シリーズで、主人公が務めることとなる吉原の四郎兵衛会所の隠れた用心棒、本書でいう「裏同心」になり、妻となった汀女が吉原の遊女の俳句指南と読書指南を勤めることとなった経緯が描かれます。ここで、汀の弟が遊女と心中して死んでいて、二人の故郷との縁が断ち切られることとなります。

第三章 吉原炎上

第三章は、幹次郎が裏同心に、汀女が遊女の俳句指南になっての初の事件解決です。汀女が俳句指南をしている遊女の中に「炎」の文字を俳句の中に多用する遊女がいるのを見つけたことを発端に、吉原の遊郭に仕掛けられる放火の企てを見抜いていく物語です。

第四章 切見世女郎

第四章は、吉原の視察に訪れた南町奉行・山村信濃守に向かって「能無し奉行め、思い知れ」と生卵をぶつけた事件の犯人さがしです。投げつけられた卵を包んでいた紙に「ふさのあだ」と書かれていたことをてがかりに、二年前に盗みの罪で刑死した「房吉」という男がいたことをつきとめ、その姉が羅生門河岸で遊女をしている「きく」であることをつきとめるのですが・・、という展開です。冤罪の復讐劇ですが、卵をぶつけられる山村信濃守は実在の人物で、天明4年の南町奉行になり、5年後に御三卿の清水家の附家老になってますので、ひどい仕事をしていたとも思えないのですが、どうでしょうか。

第五章 騙し合い

第五章では、老舗の妓楼・三浦屋の「幾松」という売れっ子になりそうな遊女の卵が、今度、初めて客をとる「突き出し」を迎えることになるのですが、この遊女が実は「処女」ではないのでは、という疑惑がおきます。それが本当だとすると、三浦屋は面目丸つぶれなので、この疑惑を晴らすために、裏同心・神守幹次郎が奮闘するわけなのですが、女性の怖さが一番最後のほうでわかります。

レビュアーから一言

幹次郎太刀が江戸にやってくる天明5年は田沼意次が失脚する1年前で、天明7年には、緊縮財政と奢侈を取り締まった松平定信が老中になってますので、ちょうど世の中の移り変わりの時期に江戸入りしたことになりますね。奢侈に邁進した田沼時代から、贅沢禁止の松平時代に移り変わっていく「吉原」の姿はどんなものでありましょうか。

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