秦王・政が即位し、秦の謀略で五国連合軍は瓦解するー王欣太「達人伝」28

二百年続いた中国戦国時代の晩期。西方の強国・秦が周辺諸国に強大な力を背景に強圧をかけつつあるが、他の五国にまだ、秦の強権的なやり方に反抗する力の残っていた時代に、荘子の孫「荘丹」、伝説の料理人・包丁の甥「丁烹」、周の貴族出身ながらある事情でそれを捨てた「無名」び三人の男が、「法律」と「統制」で民衆を縛る秦の中原統一の野望に抵抗する姿を描く『王欣太「達人伝ー9万里を風に乗りー」(アクションコミックス)』シリーズの第28弾。

前巻で、秦将・蒙驁に急遽帰国命令がでたたために、今まで有利に展開していた戦況が一変し、函谷関に逃げ込んで命拾いをした秦の太子会・政がいよいよ秦の王位につき、彼らしい酷薄な統治を推し進めていくのがこの巻です。このため、強く連携していた五カ国軍の絆にヒビが入っていきます。

構成と注目ポイント

第28巻の構成は

第百六十三話 即位の儀
第百六十四話 因果の咆哮
第百六十五話 彼方の将
第百六十六話 断層の間に
第百六十七話 秦の謀略
第百六十八話 王命を超えて

となっていて、場面は秦国の宮廷に移ります。ここで群臣が席につくなか、宰相・呂不韋が彼らに告げたのが「王の崩御」です。

短い間に3人の王が崩御する事態に、秦の今後が危ぶまれ、呂不韋は官吏の賽銭、新法の制定など挙国一致体制をとることを宣言するのですが、これに異論を唱えるのがほかならぬ新しい王「政」です。彼は呂不韋の人事に反対し、

と政の祖父・昭王の冷酷な統治から脱却し、呂不韋が進めていた政策を否定します。再び、秦国が「虎狼の国」に還った瞬間です。

一方、函谷関の前に陣取る魏の信陵君は、秦王の死に乗じて、一挙に攻撃を進めようとするのですが、ここで「韓」からはすでに事が終わったかのような「五国の勝利を祝す」という祝辞や、趙王からは連合軍の一端を担う「龐煖」の帰国、楚からは項燕を始めとする全軍の帰還が連絡されます。さらに信陵君の母国・魏からは

と司令官の交代と実質的な更迭が言い渡されます。この背後にあるのは後に秦の始皇帝のもとで辣腕を振るい、始皇帝死後は秦滅亡の原因をつくった「李斯」の謀略があります。
彼は、信陵君が昔、殺害した晋鄙将軍の遺族を買収して、信陵君が謀反を企んでいるとのデマを流し、魏国内の不安を煽ったわけですね。当時でも陰湿で、褒められたやり方ではないと認識されていたようですが、秦王・政は

とこれを追認・推奨します。どうやら秦は「虎狼の国」どころか、残虐で謀略に長けた「悪鬼の国」へと変化しつつあるようです。最終的に魏国へ召喚された信陵君はこの後、酒浸りになって、秦との祖国防衛戦争の戦線に立つことなく、世を去ることになってしまいますね。

そして、五カ国連合軍があっという間に瓦解した後、荘丹たち「丹の三侠」は秦との国境を離れ、各地で味方集めにでかけます。まず訪れたのが趙と燕の国境付近ですが、ここでは李談によって三千決死隊に抜擢された、気の弱い弓の名手・李牧が騎馬兵団を組織して国防にあたっています。どうやら、五国連合軍が遺した打倒・秦の「炎」はまだ消えていないようです。

さらに、秦の謀略によって魏を攻める趙の軍勢の指揮を「廉頗将軍」が取っていたのですが、今まで友軍であった魏を攻めることに躊躇していた彼は、魏王の死去により指揮官交代の命令がでたのを汐に、趙軍を捨て魏へと亡命してしまいます。この心底には、秦の王齕の

という祖国への失望の言葉があるようですね。これを発端に、今度は王命によらない義勇軍で組織される「反・秦」連合軍が組織されるのですが、その戦いは次巻のお楽しみです。

レビュアーから一言

国王となった「政」は父王の薨去を告げる席で、呂不韋の人事案に反対し、蒙驁の留任と函谷関の守備隊長・麃公を将軍に登用するほか、

信陵君失脚の謀略を仕組んだ李斯を

と抜擢人事を行います。
秦が相次ぐ国王の死というアクシデントを乗り越え、中原統一に進んでいけたのは、こうした秦王・政の前例にこだわらない執政があったからだと思います。ただ、史実では呂不韋もこのまま政の好きなようにはさせない筈ですし、母親の朱姫の愛人・嫪 毐も反乱を起こすはずですから、まだまだ秦に付け入る余地は残されているといえますね。

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