新川帆立「元彼の遺言状」=自分を殺した犯人に全財産を贈るという遺言状の真意は?

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という奇妙な遺言を残して死んだ「元カレ」の巨額な遺産の分け前をかち取るため、自らの依頼人を犯人にしたてようと奔走する「元カノ」弁護士・剣持麗子が、遺産をめぐるトラブルに次々と見舞われていく第19回「このミステリーがすごい」大賞受賞作でもある奇想天外な遺産相続ミステリーが本書『新川帆立「元彼の遺言状」(宝島社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント>自分を殺した犯人に全財産を贈るという遺言状の真意は?あらすじと注目ポイント

構成は

第一章 即物的(ザッハリッヒ)な世界観
第二章 中道的(メソテース)な殺人
第三章 競争的贈与(ポトラッチ)の予感
第四章 アリバイと浮気のあいだ
第五章 国庫へ道連れ
第六章 親子の面子
第七章 道化の目論見

となっていて、冒頭で本編の主人公である、やり手の女性弁護士で、上昇意欲むき出しの「剣持麗子」の登場です。ただ、その登場シーンというのが、恋人からプロポーズでの申込みで贈られたカルティエの指輪のダイヤが小さいといって「別れ」を切り出すというもので、彼女の上昇志向の強さを現していますね。そんな彼女なので、弁護士事務所のボーナスが実績に見合わない「定額」であったのに腹を立て、事務所を飛び出し、そのついでに元カレにメールを送ったところから物語が動き出します。

その元カレのアドレスからの返信は、元カレ本人ではなく、彼の代理人の弁護士からで、なんと彼は一週間前に死亡していて、彼が残した遺言というのが

①自分の全財産は自分を殺した犯人に送る
②3ヶ月以内に犯人が特定できない場合は遺産は国に寄付する。

というもので、その元カレが国内有数の大手製薬企業の御曹司であったことから、巨額の遺産相続騒動が巻き起こっていくわけですね。さらにこれに加えた二番目の遺言状で、中学校時代のクラブの友人とか、大学時代のイベント・サークルの仲間とか、元カノ、愛犬の主治医の獣医の先生とその息子など、彼と関係した多くの人にも遺贈を約束していたため、遺産相続騒動が錯綜していくこととなります。

主人公の剣持麗子は、元カレ・森川栄治の元カノとして遺産相続に名乗りをあげるとともに、(インフルエンザで死んだといわれる)栄治にインフルエンザをうつしたと主張する彼の大学時代の友人の代理人として、遺産獲得に向け動き出すのですが・・といった筋立てです。

ただ、彼女の絡み方が強引なせいか、元カノ間の遺産相続争いでは、栄治のいとこの女性と揉めたり、代理人として関わる「犯人への遺産贈与」のほうでは、この犯人であるとの主張に加えて、この製薬会社が開発中の筋肉増強剤の販売プランを併せて提案したり、と元カレの家庭内の人間関係に深く関わっていきます。

そして、この遺言が公序良俗に反しているとして無効化を狙ってくる栄治の父親から依頼された、麗子が勤めていた弁護士事務所の敏腕弁護士に対抗するため、栄治の顧問弁護士をしていて、今回の遺産相続手続きを仕切る町弁。村山と共闘体制に入るのですが、その村山が吸っていたタバコに仕掛けられた毒物で殺されるという事件がおき、ということで一気に物語がきな臭くなっていきます。

さらに。この村山弁護士の事務所に保管されていた栄治の遺言状を入れた金庫が、金庫ごと盗まれるという事態もおき、ということで、定番通り、遺産相続がそれをめぐる連続殺人を含んだ大事件へと発展していくわけですね。

剣持麗子の元カレ・森川栄治は本当に「犯人」に殺されたのか?、そして、この奇妙な遺言状を書いた「栄治」の目的は?といったことを軸に物語が展開していきます。

少しネタバレをすると、元カレ殺人事件の原因は元カノに遺産相続をさせるという遺言の端っこの条文にあったのですが、「栄治」のライバルと思われていた人物が、実は彼と仲がよかったといったところや、元カレの本当の意図が「自分を殺した犯人に財産を譲る」ことではなかったというところとが、今回の事件を複雑化させています。

Bitly

レビュアーの一言=剣持麗子は意外に「イイ子」かも

今巻の隠れた読みどころは、最初の頃は、上昇志向の塊で、「お金」と「地位」にしか興味のなかった剣持麗子弁護士が、自らの家族の表にでてこなかった愛情を発見したり、人間らしいところを思い出していくところではないでしょうか。

現在は高級官僚として権力の端っこにいる麗子の兄は、幼い頃は不器用で、親からも叱られてばかりいる子供だったようなのですが、小学生の頃、当時から出来のよかった剣持麗子は、父親に対し

私が外でいっぱい褒められるから、お父さんは、あんまり褒められていないお兄ちゃんを褒めてあげてね

と言ったというエピソードは、「意外にイイ子じゃん」と彼女を見直すきっかけになりますね。

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