「縁切寺」近くの離婚専門弁護士事務所は今日も繁盛=新川帆立「縁切り上等!」

再婚をするためには夫側からの「離縁状」が必要とされていた江戸時代にあって、離婚に応じない夫側に対して、妻側が自ら離縁を成立させる、いわばシェルター的な機能を果たしていたのが、寺に駆けこんで、身柄を保護してもらった上で、離婚を調停してもらうか、足掛け3年、寺に仕えれば強制的に離婚が成立したという「縁切寺法」という制度です。

その縁切寺の一つである「東慶寺」のある鎌倉で、離婚専門の弁護士事務所「松岡法律事務所」のメンバーの活躍を描く離婚ミステリーが本書『新川帆立「縁切り上等! 松岡紬の事件ファイル」(新潮社)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

第一話 くやしくば尋ね来て見よ松ヶ岡
第二話 松ヶ丘男を見ると犬がほえ
第三話 星月夜あきれるほど見て縁が切れ
第四話 松ヶ岡寝そびれた夜のぐち競べ
第五話 またいびりたくば鎌倉までおいで

となっていて、物語の主要メンバーは、鎌倉で離婚専門の弁護士事務所を開業する「松岡紬」、彼女の幼馴染で探偵事務所を営む「出雲啓介」、事務所の事務員の「牧田聡美」、紬の父親で事務所の近くにある元東衛寺の住職であった「松岡玄太郎」という面子です。

物語の一応の主人公は弁護士の「松岡紬」なのですが、他のメンバーが実質的な狂言回しとなって話がすすめられていく仕掛けになっています。

第一話は、事務所の事務員となるシングルマザー「牧田聡美」が、まだ結婚していて、離婚相談でこの事務所にやってきたお話。

彼女は結婚後、専業主婦となっていたのですが、税理士をしている夫・亮介のモラハラから逃れるために実家へ逃げ込もうとしたのですが、駅の前で見張っている夫を避けて、実家とは駅に反対側にある松岡弁護士事務所に逃げ込んできた、という流れです。

離婚調停を有利に進めるための、経費節約のため、聡美は夫・亮介の浮気相手と思われる夫の職場の同僚・杉山文子からのSNSでのやりとりを探したり、二人の行動を監視して、証拠集めを始めます。そして、高級ホテルのラウンジで、夫と赤ん坊連れで会っている杉山の写真を撮るのですが、杉山に見つけらてしまいます。杉山は「小さな赤ん坊がいて仕事もあって不倫なんてしてる暇がないと言い切るのですが・・という展開です。

第二話では大手化学メーカーでエンジニア兼営業をしている「鷹田」という男性が、相談に訪れます。彼には一回りしたの妻と一人息子がいるのですが、ある日仕事から帰ると、妻と子供が消えていた、というもの。どうやら妻と子は実家にいるようなのですが、実家を訪ねても追い返され、会わせてくれまぜん。鷹田は妻は出会い系アプリで知り合った男性と浮気もしているのだが、子供だけはとりかえしたい、と訴えてきます。

鷹田の依頼を請けた紬は、鷹田の妻・麻衣子の素行を幼馴染の探偵・出雲に頼むのですが、出雲が捜査をして目にしたのは複数の男性と日替わりで浮気している上に、万引きの常習犯である麻衣子の姿です。

こうした証拠をもとに離婚訴訟を有利に進められるだろうと家庭裁判所へ意気揚々と出向く紬先生だったのですが、そこで相手方の弁護士から提示された「鷹田の素行」は目を覆うようなDVの記録で・・・という展開です。この後、調停の途中であるにもかかわらず裁判所を抜け出し、息子の通う幼稚園へ息子に会いに鷹田が無断で行ったことから騒動に発展していきます。

第三話では「紬先生」の父親・杉岡玄太郎が狂言回しをつとめます。彼は寺の住職も引退し、妻には十数年前に家出され。自由気ままにくらしているのですが、ある時、若い頃の知り合い「山岸花枝」という同年配の女性と再会します。玄太郎の娘が離婚専門の弁護士をしていると聞いて彼女は、義父が亡くなって介護から解放されたのを契機に夫と離婚したいので相談にのってほしい、といってきます。花枝の夫の定年が一年後に控えていることから、財産分与のことなどを考えて、離婚は一年待ったほうがいいと紬はアドバイスするのですが、花枝は「いますぐ離婚したい」と訴えてきます。

よほど、今の夫と暮らすのがイヤなのかと考えてしまうのですが、実はもっと「深い理由」が隠れていて・・という展開です。

離婚調停の時に夫の呂律が回っていなかった、ということがそこのヒントになっていますが、男性にはなんとも厳しい現実が見え隠れしています。

このほか、同棲カップルの「離婚」と二人の間の「子供」の養育問題がクロスする「松ヶ岡寝そびれた夜のぐち競べ」や、聡美の元夫・亮介が養育費をしばらく減額してほしいと言ってくるのですが、どうやら離婚後、亮介は税理士事務所を辞め、実家に引き込まっている様子です。元夫の窮状に同情して申し出を受け入れそうになる聡美なのですが、実がそこにはある奸計が隠れていて、という最終話「またいびちたくば鎌倉までおいで」が収録されています。

独身で結婚未経験の「松岡紬」弁護士が家族や事務所メンバーとともに、表も裏もある「離婚」裁判に立ち向かう、ちょっとほろ苦い「離婚ミステリー」をお楽しみくださいね。

レビュアーの一言

本書の舞台となっている「鎌倉」には縁切寺として名高い「東慶寺」があるのですが、幕府公認の「縁切寺」としては他に群馬の「満徳寺」があって、この二つの寺が「幕府公認」となったのは、満徳寺が豊臣秀頼の妻・千姫が大阪城落城後、入寺後、豊臣家と縁を切った後、本多家で輿入れしたことや、東慶寺が千姫の養女で秀頼の娘が住持であったことから、徳川家康に千姫たちが頼み込んで「公認」にしてもらったという経緯があるようです。

戦国時代までは「縁切寺」的役割は東慶寺や満徳寺が独占していた、というわけではなく、普通の寺院でも妻が駆け込んでくれば保護してくれて、追っ手に引き渡すことは稀だったので、一定の期間、夫の手に届かないところにいれば夫婦関係は消滅した、と考えられていたようですが、江戸時代に入り、寺院の特権が廃止されていく過程で、一般の寺院では夫側に引き渡す事例も増えてきたため、この二つの寺の「縁切寺」としての権威性があがっていったようです。

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