「春季限定いちごタルト事件」=小市民を目指す男女高校生は、暗い秘密を抱えている

織田信長に叛旗を翻した荒木村重に土牢に幽閉された黒田官兵衛が、村重の立てこもる有岡城におきる事件の謎を、牢にいたまま解き明かしている、安楽椅子探偵的歴史ミステリー「黒牢城」で直木賞を受賞した米澤穂信さんの青春ミステリー・シリーズとして「省エネ主義」を標榜する「折木奉太郎」と清楚な外見と旺盛な好奇心を持つ「私、気になります」が口癖の「千反田える」が活躍する「古典部」シリーズと並ぶ名作の青春ミステリーシリーズが、清く慎ましい小市民となることを目指す二人の男女高校生が主人公となって謎解きをしていく「小市民シリーズ」。その第一作が本書『米澤穂信「春季限定いちごタルト事件」(創元推理文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

プロローグ
羊の着ぐるみ
For your eyes only
おいしいココアの作り方
はらふくるるわざ
狐狼の心
エピローグ

となっていて、本シリーズの主人公となるのは船戸高校の生徒となった小鳩常悟朗と小山内ゆきという男女。彼らが住んでいるのは、木良市という名古屋から快速電車で20分ぐらいの地方の中堅都市、ということになっています。

この二人は恋人関係でも依存関係でもなく「互恵関係」にあって、二人で「小市民」として暮らしていくことに励んでいるのですが、その理由はシリーズのあちこちにばらまかれているのですが、一言でいうと、小鳩くんは「推理」、小山内さんは「復讐」の才能によって小・中学校時代に嫌な経験をしたらしく、目立たない「小市民」を目標と定めたという設定ですね。小市民志向の二人らしく、謎解きはいわゆる「コージー・ミステリ」風のものが多いのですが、見た目のプチっぽさに陰に何かが隠れていることがあるので要注意です。

まず第一の謎解き「羊の着ぐるみ」は、二人が船戸高校に入学したての頃、小鳩くんの小学校時代の同級生・堂島健吾からの依頼で、吉口さんという女子生徒の「ポシェット」が盗まれてしまったため、その捜索です。ポシェットにはリップクリームとかボールペンといったつまらないものしか入っていなかったのですが、なぜそんなものが盗まれて・・という謎解きもセットです。

小市民を目指しているので、推理力を発揮して目立ってしまうのは避けたい小鳩くんなのですが、友人の堂島と一緒にポシェットを捜索している男子生徒がわざわざ校舎内からでて、仲間たちに手を振っている姿に疑問を抱き・・という展開です。

二番目の「For your eyes only」では美術部の勝部先輩からの依頼です。彼女は、すでに卒業した先輩から、そっくり同じに描かれた、何の変哲もない二枚の絵を二年間預かっています。その先輩は、時機が来たら取りに来るといっていたそうですが、そのまま卒業してしまい時間が経過してしまった、という流れです。この二つの絵には「三つの君に、六つの謎を」という題名が疲れれているのですが、瓜二つの手書きの絵を描き、後輩に託した意味は・・といった謎解きです。

ちなみに、この話の冒頭で、小山内の自転車が盗まれてしまうのですが、これが後の事件に関係してくるので覚えておいてくださいね。

三番目の「おいしいココアの作り方」では、友人の堂島健吾の家にやってきた小鳩くんと小山内さんは彼から手作りのココアを御馳走になるのですが、これがココアパウダーをミルクで練り、ホットミルクと混ぜて仕上げたよい出来のココアです。彼の意外な才能に感心した二人なのですが、シンクには、ココアをまぜた小さなスプーンひとつだけ転がっていて、シンクは乾いた状態です。どうやって健吾は、シンクを乾いたままにして、カップ3杯のココアをつくったのか、という、まあ些細な謎解きです。

四番目の「はらふくるるわざ」と五番目の「狐狼の心」では、第二話で小山内さんの自転車を盗んだ「サカガミ」という高校生を再び見つけることができます。そして、彼がつるんでいる仲間たちをさぐるうちに、ある大掛かりな詐欺事件の姿が見えてきて・・という展開です。

実はここまでの話の謎解きは「日常的」すぎる些細な謎解きが多いのですが、ここに至って急展開に事件性が増してきます。さらに、高校生ながら、中学生と間違える小柄で、おとなしい、ケーキ好きというイメージの強かった「小山内ゆき」のことを、小鳩くんが「狼」と形容していた、本当の「怖い」姿が段々と明らかになっていきます。彼女の真の姿にはかなり驚嘆すること間違いないのですが、詳細は原書のほうで。

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レビュアーの一言

本書は2004年に初版発行なので、15年以上前の作品なので、主人公の持っているアイテムや生活の様子は少し古びたところはあるのですが、そのストーリー展開とか、最後のどんでん返しとか、さすが当代きってのストーリーテラーの手練れの技の仕上がりです。

ちなみに表題の「春季限定いちごタルト」というのは、「アリス」という店の春季限りの「いちごだらけ」のタルトで、小山内さんは毎年買っているようですが、今年は販売最終日にやっと手に入れたものの、自転車を盗んだサカガミによってめちゃめちゃにされてしまい、どんなタルトであったかは、不明のままとなっています。本書の舞台となる「木良市」のモデルは「岐阜市」だそうなので、お近くの方で思い当たるお店とタルトがあったら教えてくださいな。通販があると嬉しいのですが・・。

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