米澤穂信「黒牢城」=荒木村重の籠城中におきる難事件を、黒田官兵衛が獄中から解きあかす

織田信長の天下統一は、思わぬ謀反によって、その動きを留められたことが二回あって、それが、浅井長政の信長攻めと荒木村重の謀反。ただ、浅井長政の場合は、先祖以来の恩のある朝倉家を約束に反して攻撃した、というもっともな理由があるのですが、村重の場合は、それまで信長配下の有力な武将として目をかけられていたので謀反の理由もはっきりしたものはわからないのですが、そのとばっちりを一番うけたのが、翻意するよう城に入り、そのまま幽閉されてしまった「黒田官兵衛」です。

本書『米澤穂信「黒牢城」(角川書店)』は、荒木村重が織田信長に叛旗を翻して有岡城に籠城する中、城内でおきる事件の謎を、村重の問いかけに応じて、官兵衛が牢内にいるままで謎解きのヒントを与えていく、安楽椅子探偵的歴史ミステリーです。
ちなみにこの作品で、米澤穂信さんは第166回の直木賞を受賞しています。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章 因
第一章 雪夜灯籠
第二章 花影手柄
第三章 遠雷念仏
第四章 落日孤影
終章 果

となっていて、まずは謀反をおこし、有岡城に籠った荒木村重のもとに、黒田官兵衛が降伏の説得に訪れるところから始まります。この説得は史実でも明らかなように失敗し、官兵衛は有岡城内の土牢に幽閉されるのですが、当時のしきたりであれば、こうした降伏の使者は戦意高揚のためみせしめに斬られるか、あるいは送り返されるかのどちらかであったので、今回の幽閉は異例中の異例な扱いです。こういう扱いが良いことばかりなのかというとそうでもなくて、幽閉されたことにより、織田方を裏切ったのではと信長に疑われ、人質に出している長男が処刑されそうになることなります。このあたりの、官兵衛の苦悩は作中でも語られていますね。

で、事件のほうはまず、村重が味方する本願寺の門徒でもある大和田城を守る安部一族の寝返りから始まります。城を守っていた熱心な一向門徒であった安部兄弟の息子・二右衛門が裏切り、父と叔父を縛り上げた上で大和田城を開城したのですが、その二右衛門の息子・自念が人質として村重のもとにいます。本来なら、裏切った一族の者であるので、斬首か磔か、あるいは自害かと言うところなのですが、村重は彼を牢にいれて監禁することを命じます。
彼を入れる牢ができあがるまで、城内の納戸に監禁するのですが、そこで彼は刺殺されているのが見つかります。納戸の三方は壁で、入口に面した庭には雪が積もっていて、足跡はありません。誰が、どうやって彼を殺したのか・・という事件ですね。

村重は、この部屋を見張っていた侍や周辺にいた侍を尋問するのですが、犯人らしき者は見つからず、やむなく「知恵者」として有名な、土牢に監禁中の「黒田官兵衛」へこの事件の推理を命じます。官兵衛は、地下の土牢に監禁されているので、現地をみることもできず、すべて村重からの伝聞で推理していくのですが・・・という展開です。

第二の事件では、籠城している有岡城の近くに、守勢の隙をついて柵木で囲んだ織田方の陣が築かれます。城壁からほど近い距離にあるのですが簡便なつくりなので、織田方の糸がわからず、荒木勢に加勢にきているキリシタン大名高山右近の父・高山大慮と、雑賀衆の一人・鈴木孫六に夜襲を命じます。そこで得た首の一つが信長の馬廻の一人・大津伝十郎の首ではないかという噂が立つのですが、首実験を前にして、若武者の首が開いた片眼は左を睨み、歯で唇を強く噛み、血をにじませた「大凶相」の首に変じています。首実験の前には城内の女房衆が首を浄めているはずなのですが・・という筋立てです。この大凶相の首が誰なのか、敵方の主将である大津を討ち果たしたのは、高山勢なのか雑賀勢なのかという手柄争いと絡んで、城内が不穏になっていくのですが、という展開です。
すこしネタバレしておくと、夜襲にでたのは、高山勢と雑賀勢だけでなく、その様子をみるため、村重本人も出撃していたのが、謎解きの肝になりますね。

第三の事件は、村重が織田勢への密使として使っていた「無辺」という僧侶の暗殺事件です。備前を支配する宇喜多家が織田勢に寝返り、陸路での毛利の援軍出兵が困難になる中、村重は、書状と和平の申し出は嘘ではない証しとしての名品の茶壺「寅申」を託して、無辺にかつて息子の嫁の父であった明智光秀を介しての和平交渉を進めさせようとします。しかし、明智の陣へ赴く途中で宿泊した庵に中で、無辺が刺殺されているのが発見されます。そこには、無辺を警護していた剣の遣い手で有名な武将の秋岡も刀を抜くことなく斬られていて、無辺に託した「寅申」の茶壺はなくなっています。
村重が:極秘に無辺に和平の交渉を命じたことはどこから洩れ、そして名品の茶壺の行方は・・という謎解きです。
ネタバレは殺された順番というところと、織田方とのつながりがあったのは、無辺だけではなかったというあたりです。

最終章では、これまでの3つの事件の真犯人たちを裏から操っていた人物が明らかになります。3つの事件の「実行者」はそれぞれ判明しているのですが、実はその犯行をお膳立てし、背後で企画していた人物がいて、実はそれは村重の身近にいて・・という大ドンデン返しが用意されていますので、最後までついていきましょう。

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レビュアーの一言

荒木村重は有岡城に籠城した後、城を守る味方の将兵をおいたまま、茶器とともに逃亡したことで後世の評判はとんでもなく悪い人物となっています。例えば、「信長のシェフ」では、臣下の中川清秀に騙されて謀反を起こしていますし(「信長のシェフ」第24巻収録の第205話「中川と荒木」)、

その逃亡シーンはかなりみっともない描き方をされています。(「信長のシェフ」第25巻収録の第208話「織田を討つ策」)

また「へうげもの」では城から逃げる場面で、織部と名物の茶器をめぐって争っています(「へうげもの」第三席「椀LOVE」)

これに対して、本巻では、策士の黒田官兵衛の戦局を大転換させる可能性のある、あるアドバイスが絡んでいるようで、村重はそのプランの底にある謀みを感じつつ、信長に逆襲することを夢見て乗っかっています。勘兵衛の提案した内容はかなり驚くべきもので、村重が臆病者のように描かれていないあたりが、意外にホントの話かも、と思わせるところです。

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