フィレンツェは皇帝軍に降伏し、城内のレオは若き日を回想する=大久保圭「アルテ」18

芸術・文化が花開き、多くの優れた画家が生まれてはいるが、まだまだ女性が自らの才能を思う存分発揮して活躍することが難しかった「ルネサンス」の時代に、貧しい貴族の家を出て、自分の才能を信じ、王宮の宮廷画家を出発点に一流の画家となっていく女性・アルテの奮闘を描く『大久保圭「アルテ」(ゼノンコミックス)』シリーズの第18弾。

前巻までで、カスティーリャ女王の宮廷を離れ、神聖ローマ皇帝軍の包囲する故郷フィレンツェの近くまで、女王の手配した傭兵兼案内人と共にやってきたアルテだったのですが、皇帝軍の包囲によって窮乏が激しくなるフィレンツェ城内へ忍び込み、師匠のレオに会おうと試みます。

あらすじと注目ポイント

第18巻の構成は

第85話 生き延びて
第86話 フィレンツェ陥落
第87話 悪くない人生
第88話 命綱だ
第89話 教えてくれ

となっていて、冒頭では、皇帝軍の包囲によって籠城状態となり、2日ぶりに配給されたカビのはえたパンとデーツ2粒を手に入れた、アルテの絵画の師匠「レオ」の姿が描かれます。

デーツというのはナツメヤシの果実で、木に実をつけたまま自然乾燥し、完熟していく天然のドライフルーツです。柔らかな食感と黒糖のような甘みがあり、食物繊維や、鉄分などのミネラルを大量に含み、イスラムの経典「コーラン」では「神の与えた食物」と称えられ、ラマダン明けには一番に食する食物とも言われています。

なので、戦時下の配給食としては立派なものなのですが、肉製品や乳製品、チーズなどがすでに枯渇して、このまま包囲が続けば、日本の豊臣秀吉が因幡の鳥取城包囲戦でおきたように、人が人を食う「餓え死」がおきたかもしれない状態です。

ここから、物語はレオが幼少時、戦火に追われて、母親と一緒に焼け出された後、死別し、画工となっていく回想と、現在の様子とが並行して流れていきます、

まずアルテたちがフィレンツェ近くで潜入をうかがっている「現在」では、長期間の包囲に耐えかね、とうとうフィレンツェ政府が皇帝軍に講和を申し出、実質的には「降伏」します。これによってフィレンツェ市民は包囲による飢餓状態から解放されたものの、フィレンツェ政府の雇った傭兵たちが報酬代わりに金品をあちこちから奪っていく混乱状態に陥ってしまいます。

ちなみに包囲していた皇帝軍の傭兵のほうはカタリーナ女王の兄。カール5世が報酬をきちんと支払って解散させたため、彼らから被害を受けることはなかったのですが、これはその前のローマ包囲の際、カール5世が報酬の支払いをケチったため、傭兵による「ローマ号劫掠」という事態を招いたので、その反省によるものでしょう。

このあと、フィレンツェには、市民たちによって追放されたメデイチ家の人々が返り咲きを果たします。メディチ家はアルテを追放したシルヴィオ・パッセリーニ枢機卿の後ろ盾であったので、フィレンツェに入ったアルテの運命にも何か波乱がありそうな気配があるのですが、その状況は次巻以降となるようです。

一方、フィレンツェ市内で敗戦を迎えたレオは街角にしゃがみ込みながら、幼少時のことを回想しています。

本巻では、母親との死後、自らの絵の才能を活かそうと盗んだ紙に描いた作品(多くは教会のフラスコ画の模写のようですが)を、町中の工房を巡るのですが、どこも相手にしてくれません。当時、画家に製作費として払われる対価はそんなに多額なものではなかったようで、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の壁に当時一流の画家「ウッチェロ」が描いた壁画が材料費+製作費で15フロリン(約200万円)という記録が残っているようです。なので、とても壁画製作で工房が維持できるはずもなく、貴族や金持ちのパトロンをつかんで、彼らの依頼する肖像画や装飾画などを製作した経費が大きな収入源でした。なので、こうした富裕層につながりをもたない「レオ」のような子供はいくら絵がうまくても見向きもされなかった、というわけですね。

で、どこの工房からも相手にされず、飢え死にしそうになっているところを拾ってくれたのが、当時、大工房を経営していた「エッツィオ」で、という経緯です。

まあ、路上での出会いの時に、レオが抱えていた絵を見て、そこそこ描ける才能をもっていることは見抜いたようですが、彼を工房に雇い入れる理由はもっと実利的なもので、仕事の取引相手からなかば強制的に引き受けされられる「徒弟」たちが起こす工房内の対立や揉め事を収めさせる汚れ役を引き受けされることで・・といった展開です。

レオの徒弟修業の様子については原書のほうでご確認を。ただ、食事と寝る所が確保でき、絵の技術習得もでき、次巻以降の話となるのですが。「字」の教育もしてくれる、という浮浪児あがりのレオにとっては破格の待遇であったことには間違いありません。

レビュアーの一言

本巻でのレオの回想によれば、幼少時、フィレンツェで起きた騒乱に巻き込まれ、母親と二人で焼け出されたことになっています。巻末の著者のネタバレによると、これはサヴォナローラがフィレンツェの実権を握って「神権政治」を行っていた時とされ、レオが絵画を救い出したのは、1497年2月にサヴォナローラに支持者によって、当時のフィレンツェ政府が罪深いと認定した化粧品、絵画、工芸品、書籍、トランプなどを集め、マルディグラの祭で焼却した「虚栄の焼却」のことでしょうね。

原書の様子を見ると、レオが焼却から救った絵画は「聖母子像」だと思われます。普通考えると、キリストとマリアを描いたものなのでOKかと思うのですが、色っぽいグラビア写真のようなものはダメだとされたようです。当時、「ヴィーナスの誕生」で知られるルネサンスの巨匠「ボッティチェルリ」もメディチ家の庇護のもと多くの聖母子像を描いていて、サヴォナローラに心酔した彼は、その多くを焼却したそうですので、レオが救出し、模写をしたもののその中の一枚であった可能性が高いですね。

ちなみに、フィレンツェからメディチ家が追放され、サヴォナローラが実権を握っていくあたりのイタリアの政治情勢については、惣領冬美さんの「チェーザレ」が詳しいので、興味がわいたからはそちらを是非。マキャベリによって「理想の君主」とも評された、冷酷で智謀に満ちた若き政治家の物語が愉しめます。織田信長ファンならきっと気に入るかと思いますよ。

ロレンツィオ・メディチの病状悪化の中、ジョヴァンニは一族念願の枢機卿に=惣領冬実「チェーザレ」8~10
どんな手段や非道徳的な行為であっても、結果として国家の利益を増進させるのであれな許されるという「マキャベリズム(権謀術数主義)」を唱えた、イタリア・ルネサンス期の政治思想家であるニッコロ・マキャベリから、「理想の君主」と讃えられながら、志半

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