雪の芝居小屋でおきた仇討ちの真相は?=永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」

設定としては、松平定信の寛政の改革が始まってから二十年後ぐらいの江戸・木挽町。

芝居小屋や芝居茶屋などが立ち並び、江戸で一、二を争う歓楽街でおきた、「あだ討ち」事件に隠された意外な真相が、仇討ちを成し遂げた侍の縁者と名乗る若侍が、仇討ちを目撃した芝居小屋の面々に聞き取る中で明らかになっていく、時代ミステリーが本書『永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」(新潮社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

第一幕 芝居茶屋の場
第二幕 稽古場の場
第三幕 衣裳部屋の場
第四幕 長屋の場
第五幕 桝席の場
終幕  国元屋敷の場

となっていて、まず、この物語の底話となる「木挽町のあだ討ち」というのは、小雪の舞う夜、芝居小屋が立ち並ぶ木挽町で、芝居小屋で働いていた武家上がりの菊之助という美少年が、国元で菊之助の父親を斬り殺し逐電し、江戸で「無頼のやくざ者」となっていた下男・作兵衛を、赤い振袖をまとった若い娘に扮して近づき、真剣勝負の末、見事討ち果たした、というものです。当時、瓦版でもとりあげられ、大層話題になったらしいのですが、その2年後、国元へ還った菊之助の縁者と名乗る若侍が、かたき討ちのあった芝居小屋を尋ねてきて、そこの勤める人々にかたき討ちの詳細を尋ねてきます。

はじめは若侍を警戒している芝居小屋の人々なのですが、その熱心さに負けて、それぞれが「見た」かたき討ちと、仇を討った菊之助との関わりとともに自らの半生を語り始める、という筋立てです。

まずはじめの「芝居小屋の場」では、相手となるのは一八」という森田座の木戸家芸者です。木戸芸者というのは芝居小屋の前で、芝居の名場面の向上や芝居のさわりなどを語って、道行く人々の興味を惹いて芝居小屋に引き込む、といういわば、芝居小屋の「キャッチ」みたいなものです。

彼は生まれは吉原で、女郎の子として産まれ、廓の中で端仕事をもらって暮らしていたのですが、十二になったときに廓のお座敷に出入りしている「幇間」の弟子入りします。そこで修行をして、そこそこの売れっ子になったのですが、ある時、花魁を手酷く扱う客を蹴り飛ばして不興を買って、お座敷出入りを禁じられて生活に窮していたところを、森田座の先代の花形役者・尾上栄三郎に木戸芸者になった、という境遇の人物です。

その彼が木挽町にやってきた「菊之助」を森田座に世話したのですが、菊之助が仇持ちでありながら、仇を討つのをためらっているのを見抜くのですが・・といった展開です。

第二話の「稽古場の場」は、森田座で殺陣の指導をしている「与三郎」という人物です。彼はもともとは幕府の足軽身分である「お徒士」の三男坊だったのですが、小禄の身分であるため、ある剣術道場に入門し、どこかの大名なりの「指南役」に推挙してもらおうと修行にあけくれていたのですが、せっかくのその機会を、道場主の親戚の侍に横取りされ、その後道場を辞めて彷徨っている時に、逆恨みをした若侍に襲われている尾上栄三郎を助けたことが縁で芝居小屋の殺陣を教える「立師」となった、という経歴の持ち主です。

ここでは、彼が横取りされた時に、その侍から闇討ちをしかけられたり、その際に通りがかった老爺をその侍が切り捨てたり、といった理不尽な目にあっていて、それが縁で知り合った娘と所帯をもっています。

彼は森田座にやってきた菊之助から、討つべき仇が家の下男をしていた「作兵衛」という男で、彼を怨んでいない、ということを聞かされます。しかし、いわゆる「武士のならい」というやつで仇討ちをせざるをえない菊之助に、剣術の稽古をつけ・・という展開です。

この後は、菊之助に仇の作兵衛に近づくときに使用した赤い打掛を提供した女形の「芳澤ほたる」、菊之助を最初の頃、食事を与え、泊らせていた、芝居の小道具を専属でつくっている久蔵・お与根夫婦、芝居小屋の筋書をしている旗本上がりの篠田金治といった登場人物が、芝居小屋にやってきた若侍に自らの生い立ちと「菊之助」の芝居小屋での様子や彼から聞いた「仇討ち」の詳細が勝たれれ行くのですが、どうやら、この仇討ちは、下男と主人が争った末の刃傷といったものではなく、お家の一大事に関わることが潜んでいるらしく・・といった展開です。

少しネタバレしておくと、この先にもう一つドンデン返しが隠されているので、中盤辺りでネタがわかったと安心せずに最後まで読み透した方がいいですよ。

レビュアーの一言

本書は、もちろん「美少年若侍による敵討の真相」といったのが本筋なのですが、その筋立てを支える芝居小屋の面々の雰囲気であると、彼らの生い立ちとかに、江戸の風情が感じられて、いわゆる「江戸時代もの」としても良い味わいを醸し出してます。

ミステリーファンにも、時代小説ファンにもオススメな作品ですね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました