カレーライスは”国民食” ー水野仁輔「カレーライスの謎」(角川SSC新書)

 
本書に曰く「ラーメンとカレーは二大国民食」である。例えば、「たかがカレー、されどカレー」で検索するとたくさんの個人ブログが並ぶ。そうした「カレーライス」について様々な角度からとらえてみているのが、水野仁輔「カレーライスの謎」(角川SSC新書)である。
 
構成は
 
第1章 カレーライスの正体
 1.カレーライスの魅力
 2.カレーの語源
第2章 カレーライスの歴史
 1.日本人とカレーの出会い
 2.ヨーロッパ人とカレーの出会い
 3.日本カレー文化の黎明期
第3章 カレーライスの革命ー国民食への歩みー
 1.日本独自のカレールウの誕生
 2.即席カレー市場をめぐる攻防
 3.即席カレー市場をめぐる攻防
 4.日本の製造技術を生んだレトルトカレー
第4章 カレールウの謎
 1.カレールウの分解
 2.スパイスの常習性とそれを操るテクニック
 3.カレーのコクってなんだ?
第5章 カレーライスの将来
 1.おふくろの味からの脱却と変化の兆し
 2.カレーはどこへ向かうのか
 
となっているのだが、ラーメンとカレーライスという二大国民食、それぞれに違いは明白であるようで、例えば「カレー店数はラーメン店数の4分の1に満たない」こととか、寺山修司氏の
 
「ライスカレー人間というのは現状維持型の保守派が多くて、ラーメン人間というのは欲求不満型の革新派が多い。それは(インスタント食品を除くと)ライスカレーが家庭の味であるのに比べてラーメンが街の味だからかもしれない」(P19)
 
といった鋭いが意地悪な分析に、その違いが表れていて興味深い。
 
ただ、こうした家庭の味も当然、日本の古来のものではないのだが、そのデビューはあまり好意をもって受け入れられたわけではないようで、幕末の遣欧使節の
 
「飯の上にトウガラシ細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き物なり」
 
という評価からすると、カレーライスも偉くなったものだ、と感慨ひとしお。
 
で、そうしたカレーライスが幾多の困難に打ち勝って、如何に国民食となったかが、本書でつぶさに記されているわけだが、栄養改善のためのライスカレー食励行やカレー粉の開発、近くではバーモントカレーに端を発するカレールウやボンカレーなどのレトルトカレーといった立役者は数々あるのだが、やはり一番の功労は本書によると「軍隊」であるようで
 
山本嘉次郎は、「日本三大洋食考」で軍隊とカレーの関係、カレーの全国普及についてこう述べている
「地方の青年が入隊して、軍隊でカレーの作り方をおぼえて、それを農村に持ち帰った。農繁期のときなんな、とくに便利である。・・」
 
といった風で、カレーは陸軍、海軍ともによく食されていたようだから、やはり全国民を巻き込んだ「制度」というものの凄みを垣間見る思いではある。
 
 
 

で、カレー粉やカレールウの発見と、軍隊経験者によって家庭を席巻した「カレー」ではあるが、最近、その「おふくろ」性が揺らいでいるようで
 
見逃してはならない最も重要な変化は「おふくろカレー」神話が崩壊しているということだ。カレー市場において、カレールウのブランドが多様化し始めている現実は・・・消費者をつかむ決定的なブランドがなくなってきた証拠であり、家庭内でもブランドスイッチが頻繁に行われるようになったということを意味する(P143)
 
 
「家カレー」人気の大きな原因として、無視してはいけないのが、習慣による味への執着だ。毎回、同じ味のカレーを食べることで、ボクたちは、その味を覚え、愛着を持つようになった。ところが、いつでも同じ味のカレーが食べられ、「おふくろの味」として習慣化されてうたはずの家カレーが、変化を見せ始めている。調理上、様々なアレンジが加わることで、味がぶれ始め、「やっぱり我が家はこの味だよな」という拠り所を失ったのだ。(P148)
 
といった起きているようだ。とはいうものの「家庭のカレーの味」が変化するということはカレールウ選択の流動化だけではなく、かなりの家庭で頻繁に起きている気がしている。
例えば私の場合、子どもの頃のカレーを思い出すと、水加減などに適当な母親の作であったせいか、しゃぶしゃぶ、水気が多かったような気がするのだが、今の奥さんは水加減などはレシピどおりカップで測る性質なのでカレーソースがしっかりとしているのである。いつのまにか、これが普通の味になっているので、ルウのブランドチェンジよりも家庭の台所の実権を誰が握っているかで変わっているのでは、とも思うのである。
 
ま、いろいろあっても、「カレーライス」の国民食としての将来性は
 
カレーは思い出を残す料理である。日本人にとって、100人いたら100種類のカレーがある。それがたとえ、すべて同じ味のカレーであっても、である。日本のカレー文化を引っ張ってきたのは、もしかしたら消費者ひとりひとりの体験に基づいた思い出だったのかもしれない。(P166)
 
というように、日本人の「思い出」に根ざしている限り揺るがない気がしていて、しばらくはラーメンとの二大天下が続くのではないでしょうか。

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