「奢侈禁止」でも美味いものは食いたいのが人情というもの — 坂井希久子「居酒屋ぜんや ほかほか蕗ご飯」(時代小説文庫)

時代小説の主人公は二色に分かれる。一つは、剣客小説や捕物帳に描かれる、風采は別にして剣術などに秀でたマッチョなタイプと、市井の人情ものに描かれる、力仕事は頼りにならないが、変わった特技や温厚な人柄の主である。
本書は後者に属していて、主人公の「林只次郎」は貧乏旗本の次男坊で部屋住みながら、鶯の躾けで、実家の生計を担っているという仕立てで、「ほう、こういう主人公設定があったか」と著者の着想に脱帽した次第。
時代は「寛政時代」で田沼意次が失脚し、松平忠信の執政が始まり、奢侈禁止やらなにかと暮らしが窮屈になっている頃。
収録は
「笹鳴き」
「六花」
「冬の蝶」
「梅見」
「なずなの花」
の5編。
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ざっくりとレビューすると
「笹鳴き」はシリーズの最初の話で、鶯の鳴き声のしつけという内職をしている主人公である只次郎の登場と、「ぜん屋」という居酒屋兼飯屋の女主人「お妙」さんやその店の手伝い兼お目付けの「お勝」との出会いから。話の本筋は、只次郎が父の上役から預かっている鶯が、猫に襲われたのか行方をくらました話。犯人は猫ならぬ意外ななところにいるのだが、詳しくは本編で。
「六花」とは「雪」のこと。霜月とあるので、今なら11月の寒くなり始めたころであるのだが、旧暦でいえば雪もちらほらする季節であろう。酒問屋の「升川屋」の上方出身の若奥さん(ご新造さん)の食が細っているのをなんとかしようというところから始まる。ただ、このご新造さん、お嬢さん育ちで気が強い上、お妙が旦那の囲い者ではないかという疑いをかけているので、話がややこしくなって・・・、といった話。まあ、最後は大団円となるのが、新婚さんの喧嘩というものか。
「冬の蝶」は、只次郎の実家の実兄との諍い、軋轢がメインとなる。次男坊ながら家計を支える只次郎に、武張った実兄はいつも辛く当たってくる。そんな折、実家のげなんが只次郎の監視を命じられ、「ぜん屋」で彼を見張っているのが見つかり・・・、という話。貧乏旗本の家の「寒さ」のようなものが伝わって物悲しくなるのだが、「理不尽に堪えるのも、武士の務めなれば」という言葉に、生まれながらに家をすぐ運命の武家の長男の「潔さ」が感じられるのも確か。
「梅見」は「ぜん屋」に子供の居候がくる話。もともとは「お妙」の巾着を盗もうとした子供の掏摸であるらしいのだが、それ以上に町で浮浪児となったにはワケアリのよう。加えて、ぜん屋に近所の「染め物屋」が(夜這い目的なのか)忍び込んできたり、といった事件が重なるうちに、小僧っこの出奔元が判明するが、出奔の理由は意外にも・・・、といった筋。
「なずなの花」は只次郎が世話をしていた鶯の飼い主(父の上役)からの降ってわいたような縁談・婿入り話が発端。只次郎の「鶯仲間」で「ぜん屋仲間」でもある又三の過去の話が、摘み菜料理が発端になって、明らかになっていく。ところが、そのうちに「お妙」を妾にしたい者がいるだのと話が飛んでいき・・といったところで、次巻以降に謎を放り投げて、この巻の話を終結。
まあ、謎解きや敵討ち、お家騒動といった、昔ながらの時代物にありがちな道具立てはでてこないが、「寛政期」という、どちらかといえば、地味で、暗めの時代に、生活を精一杯楽しむ市井の人々の脈動が伝わる小説である。加えて、「正月の元旦の訪問者に鶯の鳴き声を聞かせるために、日没前から灯火をつけ鶯に見せ、体内時計を狂わせて早めに鳴くようにしかけることを「あぶり」という」といった、鶯道楽にまつわるTipsが楽しめる。
そしてなにより
一夜干しの鯖の切り身が、皮に脂の爆ぜたあとを残し、ほくほくと湯気を上げている。箸を入れるとパリッと音がし、ふっくらとした身に皮ぎしの脂が染みていく。
といった、「ぜん屋」で供される「料理」がたのしめるのが、このシリーズの楽しみでありますな。

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