「ぜんや」を舞台に「お花」の人情噺が絶好調=坂井希久子「萩の餅 花暦・居酒屋ぜんや」

江戸は神田花房長代地で、旗本出身で鴬の鳴き声指南・只次郎と美人の明料理人・お妙の営む人気の居酒屋、「ぜんや」を舞台に繰り広げられる江戸人情物語「居酒屋是ぜんや」シリーズの第二シーズンの第2弾が本書『坂井希久子「萩の餅 花暦・居酒屋ぜんや」(時代小説文庫)』です。

前巻で、養い子のせいか、引っ込み思案の性格のせいか、養い親の只次郎とお妙に遠慮のあった「お花」がお妙の料理指南をうけることとなったのですが、彼女をサポートしてきた熊吉に対するお店でのいやがらせがエスカレートし、ついにその犯人が明らかになっていくのが本巻きです。

あらすじと注目ポイント

収録は

「荒れもよう」
「花より団子」
「茸汁」
「見二つ」
「人の縁」

となっていて、第一話の「荒れもよう」では、前巻から始まっていた熊吉に対するいやがらせがエスカレートしていきます。今回は、胃腸の調子がよくないため熊吉が服用していた反魂丹がすりかえられ、俵屋の若だんなが新製品として試作していた「龍気養生丹」とすりかえられ、これを服用したところで、女中の「おたえ」と一室に閉じ込められてしまいます。

「龍気養生丹」は精力剤でもあるので、熊吉が「おたえ」に手を出すのを犯人は期待したのでしょうが、効きすぎて頭痛のほうがひどくなってそれどころではなくなります。このため、戸を蹴破って脱出するのですが、近くで様子を覗っていた閉じ込めの犯人である先輩手代の留吉を偶然捕まえることができて・・という展開です。

しかし、留吉の発言から、熊吉へのいやがらせには陰でこれを煽動している者がいることがわかり、ある罠を張るのですが、あぶりだされてきた人物はなんと・・という筋立てです。

熊吉が若旦那に認められて出世したことが、かえって災いとなったという皮肉な流れです。

第二話の「花より団子」では、前半では長屋で幼馴染の「おかや」と「お花」が、大げんかをした末に、おはぎづくりで和解する花のなのですが、今まで、他人を警戒しすぎて素直な態度がとれなかった「お花」がときほぐされていくとともに、親友に裏切られて意気消沈する「熊吉」を「お花」が自分のつくったおはぎで元気づけていく様子が、なんとも味のある短編に仕上がっています。

第三話の「茸汁」では、お妙の亡父が過去につくった薬を再現した俵屋の若旦那と熊吉が販売委託先の確保に苦戦している中、行方をくらましていた熊吉を裏切った親友・長吉の逃亡先の情報をお花が俵屋に持ち込んできます。

自分を計画的に裏切り、自分の前に二度と姿を現さないであろう親友の心根に失望する熊吉に、お花がつくった料理は・・という展開です。

このほか、升川屋に赤ん坊ふができたことで、今まで升川屋で一番大事にされていた一人息子の千寿が淋しくなって、ぜんやに駆けこんできての騒動が描かれる「身二つ」や、新薬の販売先にの売り出し先として、お妙の亡父が医者をしていた上方で売り出すことを思い付き、若旦那と熊吉とで上方で販路拡大をすることになる「人の縁」など、江戸人情話が続いていきます。

レビュアーの一言

前巻の最後で、なかなか許してもらえなかった料理修行を、お花がお妙さんに許してもらい、少しづつ店で出す料理をつくらせてもらいはじめたせいが、熊吉の奉公する俵屋の「漢方薬ネタ」に加えて、お花の「料理ネタ」も露出を始めています。

それは

お花は七輪に網を載せ、椎茸を炙っていた。裏返した笠の襞に、ぶつぶつとあせのような汁が浮いてくる。これにじゅっと醤油をかけて、頬張るだけでも美味かろう。
思わずごくりと、唾を飲む。醤油と茸の芳醇な香りが合わさって、鼻先に流れた気がする。(身二つ)

といったまだまだ見習い程度のものなのですが、そのうち、お妙さんの料理顔負けの名品が登場するかもしれません。

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