お妙のストーカー事件の鍵は夫の過去にあり? ー 坂井希久子「居酒屋ぜんや つるつる鮎そうめん」

「お妙」を付け狙う一味が逮捕され、狙った理由は不明ながらも、平穏な日々が訪れていたのだが、この巻に至って、黒雲が漂い始める。まだ、雨にはならないまでも、なにやら豪雨の前触れのような感じを漂わせるのが、居酒屋ぜんやシリーズの5巻目『坂井希久子「居酒屋ぜんや つるつる鮎そうめん」(時代小説文庫)』。

【収録】

収録は

五月晴れ
駆け落ち
七夕流し
俄事
黒い腹

となっていて、この巻で、お妙の父親の生前の様子であるとか、死に別れた旦那の忘れられていた情報とかが、じわじわと滲み出し始めている。

【あらすじ】

◯五月晴れ

第一話は、お妙が嫁姑の仲を取り持った、「枡川屋」のお内儀・お志乃の実家の両親が、江戸にやって来、それをお妙の料理でもてなす話。で、その実家の父親というのが、豪胆で開けっぴろげなのだが、繊細さはない。おまけに関西弁がきつい、という、今の世で言えば「大阪のおばちゃん」といった親父さんである。
話の大筋は、この”もてなし”の宴でのにぎやかな様子と、この親父さんに、我が子の顔のただれをくさされ、気分を害した、お志乃にお妙がよく効く民間療法を伝授するという筋立て。このあたりから、お妙の父親の職業へつなげる伏線が張られていますな。

そして、お志乃を慰めたのが、お妙の「押し寿司」で

「なんて綺麗な恋のぼりやろ」
大奥様も褒めてくださった、飯ものに感動している。只次郎の案を取り入れて作ったのは、鯉のぼりを模った押し寿司だった。
形をつくるのは簡単で、長四角の型枠に酢飯を詰め、尾の部分を三角に切り取ればそれらしくなる。酢飯の間には大葉と甘めに炒った鯛のでんぶを挟み、しっかりと押してある。その上に飾りとして錦糸卵を散らし、半分に切った茹で海老と薄切りの胡瓜で鱗を、絹さやで鰭を表してみた。目は丸く切った蒲鉾と、海苔である。

は文字で読むだけでも”絶品”っぽいですな。

◯駆け落ち

第二話は、山王祭の日に、熱を出した甥っ子の治療に、医者を呼びに行った只次郎が、その帰りによった「ぜんや」で、騙されて駆け落ちに引き込まれそうになっている、初心(うぶ)な大店の娘を救出する話。

山王祭の時は、町衆とのいざこざを避けるために武家は外出を控えさせられていたというのは、本書からの受け売り。そのため、医者を呼びに行く只次郎も職人に仮装するのだが、お武家というのは、なにかと不自由なものなんであるな、と少々同情する。

この話の主筋は、前述の大店の娘の駆け落ち騒動なのだが、途中、「お妙」が墓参りに行く後を、無断で尾行して護衛をする、ぜんやの用心棒・草間重蔵の姿が次話以降の「黒雲」の兆しなので要注意である。さらに、お妙さんにはなかなか振り向いてもらえない只二郎が職人姿になると、惚れてくれる娘もでてくるというオマケ話も付随する。

第二話で、オススメの料理は、

只次郎は甘辛く煮られた泥鰌をつまみ、口に入れた。五日もかけてしっかりと泥抜きをしたらしく、嫌な臭みはまったくない。よく肥えた泥鰌は身の旨みと腸の苦味の配分が絶妙だった

という小物ぐらいか・・・。残念。

代わりに注目すべきは、この話でも定期的に熱を出す只次郎の甥っ子の病を、ただの風邪ではないのでは、と医者を換えることを勧めたり、西瓜糖を融通したり、という「お妙」の医者さながらのアドバイス。
第一話に引き続いての、お妙の父親の秘密に向かってアクセルを踏んでますな。

◯七夕流し

第三話では、以前、黒狗組の騒動に巻き込まれて売り物の「鮎」を傷物にされて困り果てていた「鮎売り」の娘が訪れ、ぜんやの用心棒・草壁重蔵が「黒狗組」の一党にいた、と教えてくれるところから、一挙に「暗雲」が濃くなってくる。

これに、お妙が幼い頃、故郷の「堺」で火事で焼け出された時、後に亭主となる善助が「長崎」から迎えにきたというのだが、長崎から来た割には早すぎる、という思い出に隠れた謎が、さらに「暗雲」の厚みを増してますね。

オススメの料理は、前述の「鮎売り」の娘がお礼にもってきた「落ち鮎」で

三人が舌鼓を打っているのはきりりと冷たい鮎素麺である。
七夕といえば素麺だから、酔い覚ましにちょっと啜れるよう麺の買い置きはしてあった。そこへおもいがけず鮎をもらったものだから、立派なご馳走になったのである。
麺につゆにじっくりと焦げ目をつけて焼いた鮎を入れひと煮立ちさせ水で冷やしておいたので香ばしい風味がよくでているはずだ。鮎の味を邪魔しないよう、出汁は昆布で引いてある。薬味は茗荷、大葉、それから葱。梅干しの潰したのも添えて、さっぱりとした口当たりに仕上げた。

といったところのは思わずよだれを飲み込む。ただ、「七夕といえば素麺」というのは当方には意味わからず。後で調べてみよう。

◯俄事

第四話は、九郎助稲荷の祭礼で、八月から九月の三十日間、晴天に限って行われる女芸者や幇間らが路上でにわか芝居を演じる「吉原俄」という行事のところからスタート。こうした、今は見ることのない行事の様子を読むってのが、スノッブなところを刺激する、時代小説の密かな楽しみでありますね。

で、なぜ「吉原か?」というと、お妙にぜんやの用心棒・草壁重蔵の黒狗組の疑いを調べてほしいと頼まれた只次郎が、黒狗組の知り合いの伝手を頼った結果である。

で、それによると以前、草壁某という浪人者がいたが「重蔵」と同一人物かどうかは定かではない。しかし、その草壁某は、打ちこわしを画策していた、という物騒な話である。

さらに、兄嫁の舅で、町奉行所の与力・柳井の調べによると、善助の死も、「事故死」と断定するには不審なところもあった話や、お妙の父親が、ぜんやのなじみと知り合いだったという話もでてきて、今まで、隠れていたものがバラバラと出現してくる。これは次巻以降の急展開がありうるのかも、と思わせぶりな感じである。

第四話の注目料理は、「鯖の船場煮」とか「銀杏飯」とか候補はいろいろあるのだが、

干瓢の材料にもなる夕顔は、見た目は冬瓜とよく似ている。だが煮ると冬瓜よりもとりしとして、ほろ苦さが後を引く。しかも浅蜊の文が利いた餡をたっぷりと含んでおり、柔らかい果肉に歯を立てたとたん、じゅわっと出汁が滲み出た。

という「夕顔の浅蜊餡かけ」を推したい。しかし、「アサリ」と書くとピンとこないが、「浅蜊」とすると滋味が増すような感じがするのはなぜですかね。

◯黒い腹

第四話のはじまりは、只次郎の「ルリオ」の雛を虎視眈々と狙っている「近江屋」が、彼の道楽の一つである、「メダカ」の珍品「薄桃」を、ぜんやの面々に披瀝するところが実質のスタート。

ところがそれを見ていた、お妙が「善助」が死んだ時、彼が同心に胸を押されて、大量の水を吐いた時、その水とともに「薄桃」そっくりのメダカがでてきたことを思い出すしてしまったところから、近江屋の顔がにわかに胡散臭く見えてくる、という展開で、うーむ、過去の事件が動き始めましたねー、というところである。

さて、オススメの料理は、当時、内臓が黒いから毒だと言われていた太刀魚で、

白銀に光る、太刀のように細長い魚である。それを三枚におろしてぶつきりにしたのを多めの油で揚げ焼きにし、同じくサッと焼いた葱ととおに酢醤油に漬け込んでおいた。小口切りの赤唐辛子が色を添え、我ながら美味しそうだとお妙は思う。

という南蛮漬けは、匂いをかいだら思わず箸をだしてしまうよね、と思うところである。

【まとめ】

さて、これからは、「お妙」をめぐる恋愛沙汰に終始するのかな、と思いきや、お妙の父親や死に別れた亭主・善助の死の謎など、次巻以降の謎解きの展開を期待させる動きになってきた。
ていうものの、このシリーズの読みどころの大きな柱は「お妙の料理」である。謎は謎として、たっぷりご賞味くださいな。

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物語は進行する。けれど謎は深まる — 坂井希久子「居酒屋ぜんや ころころ手鞠ずし」(時代小説文庫)

「ぜんや」に落ち着きが戻り、美味い料理も健在 ー 坂井希久子「居酒屋ぜんや さくさくかるめいら」

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