火事の炎が、お妙に父母の死の記憶を呼び覚ます ー 坂井希久子「とろとろ卵がゆ 居酒屋ぜんや8」

坂井希久子

前巻までで、お妙の元亭主善助の死の原因が明らかになり、その陰に幕府の有力者の影があったことから、実家の林家の屋敷を出て、「ぜんや」の近くの長屋に転がり込んだ只次郎。恋敵と思われて重蔵も自ら身をひいたことで、お妙との間が一挙に近づくかと思いきや、双方とも遠慮深くて周囲が思ったようには進展しません。

そんなところに、近くからの出火で神田花房町にあった「ぜんや」も丸焼けになってしまうのですが、その時に、お妙がいままで封印してきた過去の記憶が蘇ってくるのが本書『坂井希久子「とろとろ卵がゆ 居酒屋ぜんや8」(時代小説文庫)』です。

【収録と注目ポイント】

収録は

「月見団子」
「骨切り」
「忍ぶれど」
「夢うつつ」
「持つべきもの」

となっていて、まず一話目の「月見団子」は、9月も半ばとなって十五夜のお供え団子の行事での出来事です。

このお供え団子は只次郎もお妙たちを手伝ってつくるのですが、お妙の耳たぶをさわって団子の固さを確認するなど、武家らしくない行動もでてきています。彼は今では武家であれば忌み嫌う「胡瓜」も平気で口にするようになっているぐらいなので、もはや「実家」には戻らない雰囲気が漂ってますね。

事件のほうは、このお供え団子がいつの間にか数個なくなっていた、というものなのですが、その犯人は、母親から捨てられ、実の父親からは飯もろくに食わせてもらっていない7つか8つぐらいの女の子です。彼女を不憫がって、いろいろ世話を焼く「ぜん屋」のメンバーの人情話に仕上がってます。

二話目の「骨切り」は、「落城」につながるとして武士からは嫌われている「?」が主役です。只次郎も、武家には輪切りにした時の形が徳川家の葵の紋に似ているとして嫌われている「胡瓜」や「死日」に通じるとされて避けられている「鮪」は食べても、「?」はまだ食したことがなかったようで、これを食わせる会を、升川屋が企画します。

ただ、この「?」は小骨が多くて旨くないとされていて、小魚の「新子」の頃は寿司ネタとして珍重されても、大きくなると江戸っ子には人気がないようで、グルメの「菱屋の御隠居」も顔をしかめています。
さて、これをお妙がどう料理するか・・、というところなのですが「卯の花和え」や「山椒味噌と柚子味噌のつけ焼き」といった絶品に仕上がりますので、出来上がりは本書のほうでご確認を。

三話目の「忍ぶれど」では、まず、前話の「?を食わせる会」がきっかけで、お妙が化粧品の「白粉」のパッケージに描かれることになります。依頼した白粉問屋の三文字屋は、大店ではあるのですが、最近近くに店を出した京白粉の店を潰してしまう勢いで、最近売出しの絵師「勝川春朗」と人気の女髪結い「お糸」をこのために依頼するという力の入り方です。
「勝川春朗」は後の葛飾北斎ですね。ひょっとしたら、お妙によく似た女性のスケッチが「北斎漫画」あたりに載ってるかもしれません。
パッケージづくりのほうが滞りなく終わるのですが、「好事、魔多し」の言葉どおり、近くからでた火事が日本橋一帯に広がり、日本橋花房町にあるぜん屋は、このため全焼してしまいます。

四話目と五話目では、この火事で焼け出されたお妙が、子供の頃の思い出、父と母が命を落とした時の真相を思い出して、精神状態がおかしくなってしまいます。火事に巻き込まれて命を落としたと思っていた父母は、実は何者かに殺されていて、父親は当時の老中・田沼意次の腹心でもあったので、おそらくその政争の犠牲になったのでしょう。田沼意次の政敵といえば、松平定信が思い起こされるのですが、前巻までの経緯を考えると、彼ではなく、今の将軍家の父君あたりが黒幕の親玉かもしれませんね。
幸い、お妙の精神状態は、只次郎の「卵粥」で回復するので、そのあたりは本編のほうをどうぞ。

全焼した「ぜん屋」も再建を目指して動きそうなのですが、父母や亡夫・善助を殺めた黒幕たちがまた次巻以降はうごめいてくるような気がいたします。

【レビュアーから一言】

この「ぜん屋」シリーズを読む楽しみは、本筋だけでなく、お妙が、ぜん屋で供する料理の数々があります。今回でも、随所にでてきていて、例えば、コノシロ料理の間に出される

吹き寄せとは、風に吹き寄せられて集まった落ち葉や木の実のように、秋の風情を彩りよく盛り込んだ料理を言うそうだ。
(略)
とろりとした茶碗蒸しに、銀杏、栗、占地、紅葉の形に飾り切りをした人参、三つ葉が盛られ、そっと葛を張ってある。目にも鮮やかな一品は、行灯の灯にも妖しく映える

といった「吹き寄せの茶碗蒸し」をはじめ旨そうなものがでてきますので、そこらも本書でお楽しみください。

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