「ぜんや」は再興し、只次郎の「春告堂」も開店するー坂井希久子「ほろほろおぼろ豆腐 居酒屋ぜんや 9」

江戸の神田にある亭主に死別した美人女将「お妙」の営む居酒屋を舞台に、彼女の美貌とうまい料理を求めて訪れる旗本の次男坊で、美声の鶯飼育の名手・林只次郎や大店の主人たちが繰り広げる人情時代劇「居酒屋ぜんや」シリーズの第9弾が『坂井希久子「ほろほろおぼろ豆腐 居酒屋ぜんや 9」(時代小説文庫)』です。

前巻で、湯島から出火した火事のために亡き夫が残した「ぜんや」の建物が類焼したときに、幼い頃の、父と母が殺されて家に放火された記憶を蘇らせたお妙だったのですが、火事の後の「ぜんや」の再興とお妙の両親を殺し、亡夫・善助暗殺の黒幕へとつながる糸を手繰り始めるのが本巻です。

構成と注目ポイント

構成は

「薬食い」
「蟹の卵」
「家移り」
「暗雲」
「川開き」

となっていて、前巻での火事で焼け出された後、馴染み客の升川屋の離れに身を寄せながら、焼失した「居酒屋 ぜんや」を、花房町代地に再建するところから9巻は始まります。

第一話の「薬食い」は、元あった店から500メートルほど離れたところでの「ぜんや」の新装開店で始まるのですが、火事にあって今までの蓄えも失ってしまった「お妙」がこんなに早く店を再建できたのは、いままでの馴染みの大店の旦那衆に開店準備や半年分の運転資金を共同出資者として金を出させ、お妙を店の雇われ店主にして店の切り盛りは任せるという、只次郎のアイデアのアイデアのおかげのようですね。

この開店祝いで旦那衆がもって来たものの一つが、イノシシの肉でこれを味噌仕立ての牡丹鍋にしたてるわけですが、鍋の本筋よりあらかた食べ終わった後の雑炊とかうどんが一番の絶品で、今回も味噌仕立ての鍋の残り汁で仕立てる

小麦粉に塩をひとつまみ、水を少し加え、耳朶ほどの柔らかさに捏ねていく。
それを小さくちぎって平らに潰し、煮立った湯でさっと茹でた、芯がまだ、ほんの少し残っているくらいがちょうどいい。口当たりがいいようにしっかりと、水で締めておく。
準備はあっという間にできた。それを、猪鍋の煮詰まった汁に入れてゆく。さらにもうひと煮立ちさせたら、出来上がりだ。

という「すいとん」も美味そうな仕上がりになってます。
そして、この話の後半で、大奥に上がっている姪っ子の「お栄」から手紙が届くのですが、そこに大奥で、只次郎の躾けた鶯「ルリオ」に似た調べをなく鶯の存在を知って、お妙を脅かしている黒幕との繋がりを感じることとなりますね。

続く第二話の「蟹の卵」では、お金持ちの商人や身分の高い武家の家臣を相手に鶯の指南をしている只次郎の姿が描かれます。ここでは、只次郎の飼う鶯を大金を払ってでも手に入れたい若旦那が現れるのですが、彼のしでかしたことは物語の後半で。
この話では、前話でルリオと同じ調べで鳴いていた鶯が時の公方様の十一代将軍・徳川家斉の生母・慈徳院の部屋であることが、お栄の次の便りで知らされます。黒幕の正体に一歩近づいた感じですが、なにやらとんでもない大物にたどり着きそうな雰囲気ですね。
料理の方は「蟹」といっても玄人好みの「ガザミ」ですが、これをまるごと炊き込んだガザミ飯が絶品に描かれてます。

第三話の「家移り」は、今まで「お妙」の長屋の一室に間借りしていた只次郎が独立することとなります。彼はルリオの鳴き声と同じ調べの鶯の行方を突き止めるために、鶯の鳴き声至難と商い指南を精力的に行っているのですが、さすがに手狭になってきたので、独立して新しく店を構えることにしたのですが、自分のところから只次郎が離れていくことを寂しく感じるお妙をよそに、彼が移転したところは・・・という展開ですね。

第四話の「暗雲」では、鶯の鳴き声指南に出向いた大名家からの紹介で、勘定奉行・久世丹後守に会うことができます。彼に、お妙の父親の「佐野秀晴」という医者を知っているかと単刀直入に聞くのですが、彼はなんと佐野の死が、平賀源内と同じように大物の陰謀が裏にあると教えてくれます。しかも、そこには武士の世を揺るがしかねない動きが隠れているようなのですが・・・という展開です。このあたりは上田秀人さんの「日雇い浪人生活禄」の「金」がもの言う世の中と同じ動きでしょうか。

第五話の「川開き」で登場する料理は「鯒(コチ)」です。大ぶりの鯒を捌いて

平皿を二枚、小上がりに並べる。
片方は鯒の薄造り。皿の色が透けてほど、ごく薄く削いである。もう片方は洗いだ。薄造りよりは厚めに切って、身が爆ぜるほどの冷水でキュッと締めた・

というものを、山葵醤油と梅醤油、辛子酢味噌でいただくものなのですが詳細は本編のほうで。物語的には、隅田川の江戸の風物詩「花火」を屋形船で大店の旦那衆と一緒に楽しんでいたお妙のところで、只次郎が大怪我をしたという報せが飛び込んできた・・、という筋立てです。

レビュアーから一言

お妙の元亭主や両親を殺害した黒幕の正体が、何やら幕府の老中より身分の高い将軍家にかかわりのある人物では、という疑いがでてくる今巻です。
しかも、その有力な手がかりとなる、鶯のルリオと同じ調べの鶯が、公方様のご生母のところにいるらしいということから、この時代に闇の中で権勢を振るっていたある将軍家ゆかりの武家に思い当たる人も多いではないでしょうか。今村翔吾さんの「羽州ぼろ鳶組」の仇敵と同じ人なのでしょうか・・・

https://amzn.to/35iMlwu

コメント

タイトルとURLをコピーしました