創業物語の「苦い」部分も書かれているのが良いね — 遠山正道「スープで行きますー商社マンがSoup Stock Tokyoを作る」(新潮社)

 三菱商事の商社マンで、食品産業とは縁のなかった筆者が、日本で初であろうスープのファストフード専門店の立ち上げから、軌道に乗せるまでの奮闘の数々を綴ったもの

 
構成は
 
第一章 成功することを決めた
第二章 Soup Stock Tokyoの誕生
第三章 働き始めたビジネス
第四章 つきつけられた現実
第五章 スマイルズの人々
第六章 振り返りとこれから
 
となっていて、初版発行が2006年であるので、その後の事故米穀混入の件であるとか、スマイルズの分社化といったこと以前のものであるのだが、本書を読む目的は、一人の若い起業家が自分の精魂を傾ける分野を如何に見つけ、会社を立ち上げ、お決まりの経営危機をどう乗り越えていったか、といったところが大勢であろうから、そこはあまり関係ないといっていい。
 
で、こうした事業立ち上げの物語を読む際には、力点の置き方というのが、人それぞれに、あるいは読者が置かれているビジネス環境その時ごとに違ってくるのが通例で、当方的には、流行を掴んだ会社がどのあたりで危機に陥って、どう切り抜けたか、といったところにスポットで当てて読んでみた。
 
同社の危機が訪れたのは1998年8月1号店の開業から6年後、苦労はあれども店舗も増えて、さらに勢いに乗って強化展開をしようかといったあたりで、登っていくときほど足下に気をつけないとね、といった織田信長的な危機の迎え方である。
 
それは、三ヶ月にわたっての業績の伸び悩みという事態で現れ、しかも、その原因がつかめない、分析しきれないというおまけつきである。そして、三ヶ月で創業以来の蓄えを使い切ってしまうという事態を迎えるのだが、その根本原因は
 
以前よりも本部から店舗へ指示することが多くなっていました。
そこには、ブランドとしてのイメージを統一して質を良くしていこうという狙いがあったのですが、現場には、その意図まで伝わっていませんでした。
そのために、私に近い所にいる本部のメンバーが偉くて、現場は私の意図を想像するしかないという構図ができ、不満が蔓延していたのです。
また、その頃、各店が達成すべき「売上予算」が、その店舗に伝わっていないという、とんでもない事態も判明しました。
本部と店舗の聞には、いつの間にか大きな構ができていたのです。
 
 
といったことで、その解決手段が
 
私は常々、大企業によくみられる、閉塞感のある縦割りの仕事の仕方が嫌いでした。
それよりも感性を重視し、素敵な会社を作ろうと立ち上げたのがスマイルズです。
仕事の仕方も、デザインや雑誌編集、レコード製作などのような「プロジェクト型」が良いと思ってきました。背広もネクタイもしないで、異業種の才能達が意見を交換しながら物事を決めていく、あの感じです。私はそれを、「スパゲティ型」なんて呼んでいました。
しかし、これは「攻めるに強く、守るには弱い」やり方であることもわかってきました。社内の誰も、店舗の営業の結果に責任を持つ構造になっていなかったのです。
私は自分の認識が甘かったことを思い知りました。
「スパゲティ型」から「定食型」へ。おかずがきちんと仕切りに収まっている幕の内弁当のようなイメージです。分業して、それぞれの仕事に責任を持ってもらう。個人の個性を信頼し尊重すれば、自分たちらしくできるはず。とにかく、そう信じることにしました。
 
という、オーソドクスなところに帰着する辺り、「基本」を大事にすることの重要さと、すべての組織において、「本部と現場」との乖離は常に起きる課題で、しかも、経営を揺るがす事態を簡単につくり出すのだな、と改めて認識した次第。
 
 まあ、当方が取り上げたところだけではなく、創業部分であるとか、人材確保の方法であるとか、それぞれに、「ああ、こういうやり方もあるのか」と気付かされるところは多いだが、なによりも評価したいのは、経営危機に陥った時の「苦い」部分の描き方であろう。「甘い味」ばかりでは、経営書としては薄っぺらになるもので、やはり、こういう苦みがないと物事はしまらないよな、と思った次第なのである。
 

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