出退勤を社員に任せたら工場経営はどうなるか? - 斎藤北斗「生きる職場」

普通、ビジネスの効率性を上げたりしようと思うと、社員の勤務時間であるとか、出退勤の管理であるとか、「職場統制」を強めていくことが、一般的なやり方だと思うのだが、それとは逆に、社員の自主性に任せた「フリースケジュール制」とか「嫌いな作業はやらなくてよい」といったルールを導入して成果をあげている企業がある。

その企業は、東北大震災で被災後、宮城県石巻市から大阪に製造拠点を移した、エビの加工をする」パプアニューギニア海産」という会社なのだが、その企業の若い後継社長の手による、かなり変わった就業ルールの導入の理由(わけ)と、導入による効果レポートが、本書『斎藤北斗「生きる職場ー小さなエビ工場の人を縛らない働き方」(イーストプレス)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 人を縛らない職場はなにを生んだか
第二章 僕らを突き動かしたもの
第三章 人を縛らない職場ができるまで
第四章 エビと世界の意外な関係
第五章 『生きる職場』の作り方

となっていて、おおまかにわけると、「フリースケジュール」などの、一風変わった就業ルールに関するところと、東北大震災や原発に関する筆者の思いとにわけることができるのだが、「ビジネス本」レビューを取扱う本ブログらしく、前者のスタンスからアプローチしたい。

まず注目するのは、

①「フリースケジュール」という「好きな日に出勤すればよい。出勤しないときも連絡の必要はない。むしろ連絡禁止」
②「嫌いな作業はやらなくてよい」

という二つのユニークな就業ルールで、普通のビジネスの現場では「えっ」と驚くルールであるのは間違いない。
こういったルールを導入したきっかけは、東北大震災で石巻市の拠点工場を失い、大阪に製造拠点を移す中で、パート従業員の確保や稼働の低下、さらには社員同士の不和や対立に悩んだ末の選択であったようだが、本書によると、「離職率の低下」「商品品質の向上」「生産効率の向上」「人件費減少」「従業員の意識変革」といった効果が出ていて、業績も上向き、ということのようなので、ビジネス戦略としてひとまず「成功」といっていいだろう。

もちろん、これは、(筆者は否定しているところはあるが)11人というパート従業員を中心とした小さな会社組織であることや、「モノ」の製造という仕事で、介護とかの人を扱うサービスではないこと、といったことを加味して評価しないといけないが、

これまでは、会社をいかに経営するかが揺るぎない最優先事項であり、それを支えるのが従業員という存在であると考えていました。
しかし、今は会社の経営と同じくらい、従業員が人間らしく気持ちよく働ける職場、いわば「生きる職場」を作るということが大事だと感じています。
経営者として人を雇用するということは、その人の生活はもちろんのこと、その人が幸せに生きていくためのサポートをしていく責任があるのです。
会社の役割というは、結局のところ一点につきると思うのです。

といった視点にたった、新しい「組織(会社)経営の姿」であることには間違いない。そして、当方には、AIの進化によって、単純な作業だけでなく、多くの仕事が人間の手から離れることが予想される現在において模索すべき新しい「組織のあり方」「働き方」のヒントが隠れているように思われるのである。
それは、筆者がこのワーク・ルールを取り入れた真意が

誤解をしないでいただきたいのは、あくまで「フリースケジュール」や「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールは働きやすい職場を作るための一つの手段に過ぎず、結論ではないということです

というところにあると言っているところにも見出すことができて、ここらは経営改革というよりも経営者による「職場改善」「働く場の改革」のベクトルで考えるべきものなんであろう。

もちろん、「働きやすい職場をつくる」という観点から試されたルールは「フリー・スケジュール」や「嫌いなことはしない」というルールだけでなく、数多く試されていて、生き残ったルールばかりではないのはちゃんと認識しておかないといけなくて、例えば、「意見を紙で出したら100円」、「休憩室にもラジオをつける」といったことはやってみたが効果が出なかったものであるし、「エビの殻を捨てに行く時、近くの人の分もまとめてもっていく」といった同僚への気遣いから出たルールも「同僚に気兼ねせず、ちょっと機敏転換する」といった機会を奪うことになってあえなく廃止、といったものもあって、どうやら「頭」や「経営目線」だけで考えてもうまくいかないものであるらしいので、そこは注意が必要でありますね。

「働きやすい職場」をつくることの解答おそらく業種ごとに、職場ごとにいろんな選択肢があるのだろうが、大事なのは

「フリースヶジュール」や「嫌いな作業はやらなくてよい」というのはあくまでも働きやすい職場へ向けての一つのパーツでしかありません。
ですから、それをそのまま自分の職場に当てはめてできる、できないといった議論をするのはあまり意味がありません。
やらなければならないのは、自分たちの業種や会社で、従業員が働きやすくなるためにはなにができるのかを、現場での経験を生かして、まずは自分たちで考えて行動すること

といった筆者の指摘を念頭に、先入観や固定観念を一旦おいといて、「働きやすい職場」の環境を考えてみることなのかもしれません。

【レビュアーから一言】

「新しい働き方」の議論は、いろんなところで活発に議論されているのは間違いないけれど、どうもIt現場であるとか、大企業のオフィスワークのところであるとか、ごく限定された職場の環境向けに議論されていて、何か遠いところの話、という印象がぬぐえないのは間違いない。
本書のような、「小さな町の製造工場」の事例が、汎用的なものを抽出していく先行例となるとよいな、と思うのであります。

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