「想定外」の「ヒューマンエラー」を防止する王道はどこにある? — 中田 亨「ヒューマンエラーを防ぐ知恵」(朝日文庫)

台風、大雨、地震といった自然災害の脅威や被害が大きくなっている最近なのであるが、けして粗略に考えてはいけないのが、「人災」、「ヒューマンエラー」というもの。自然災害の時も、それにヒューマンエラーが重なると、被害が倍々ゲームで増大するのは、多くの事例が証明するところであろう。

本書は、その「ヒューマンエラー」に着目して、その発生メカニズムから、防止策まで幅広に扱っている。

構成は

第1章 ヒューマンエラーとは何か
第2章 なぜ事故は起こるのか
第3章 ヒューマンエラー解決法
第4章 事故が起こる前に・・・ヒューマンエラー防止法
第5章 実践 ヒューマンエラー防止活動
第6章 あなただったらどう考えますか
第7章 学びとヒューマンエラー

となっていて、そもそもヒューマンエラーの注意点は

・ヒューマンエラーはどこでも起こりうる
・ヒューマンエラーはその被害の量を予測しにくい
・ヒューマンエラーは防ぎにくい

ということで、その被害予測や、発生予測がとても困難な点にあるのだが、付け加えるとすれば、誰でもその原因者になりうるということであるし、さらには、

第一番の問題を取り除くと、第二番が昇進する。問題解決のための努力は、問題を扱いやすい形に変換するものにすぎず、問題の存在自体を消滅させることは稀(P67)

ということで、エラー防止の原因潰しがもぐら叩きのように際限ないというところでもある。

際限がないといって、防止策に途方に暮れるようでは、本書を読む意味がないのであって、もちろん本書内には、数々の「ヒューマンエラー」防止のための処方が数々示されている。
たとえば事故防止のためには「大事故の発生に先立っては、およそ329個のちいさなミスが発生している」という「ハインリヒの法則」の「小さなミス」の情報の吸い上げが重要なのだが、得てして、こうした情報というのは現場止まりになって、発生防止を総括する部署にはあがってこないもの。なので、小さなミス事例を吸い上げる要点として、アメリカの航空安全報告システム(ASRS)の例を紹介しながら

①小さなミスを再発見する。頻発する小さなミスは、それが”事故の予兆”、”事故の芽”であるという認識を麻痺させる。
②自分の犯した小さなミスを報告しても、報告者の不利益にならないようにする

といったことについて言及されていたり。ヒューマンエラーの抑止対策としての3つの方針

①作業を行いやすくする。ヒューマンエラーの発生頻度を抑制する。
②人に異常を気づかせる。損害が出る前に事故を回避できるようにする。
③被害を抑える。小さな事故が大きな事故に発展しないようにする

を組み合わせることを提唱し、「あえて手間を与える(強制覚醒策)」、あえて小さな事故を起こす(小事故誘導策)」、「わざと異常を起こす(小異常発生策)」といった少々乱暴なものから、「仕事の達成感を最後まで与えない(達成感保留策)」、「作業のぺーすを作業員の裁量に任せる(作業員主宰化策)」といった人間心理に基づくものまで、多種多様に策が示されているのは儲けものである。また、興味深いのは、ミスの原因の洗い出しをする際の有効な方策の一つとして

一斉検査するために工程に節をつけることは、新しい発想ではなく、むしろ昔ながらの作法にしばしば見られます。茶道にせよ武道にせよ、その段取りは節目だらけです。区切れなしにダラダラ進めるという作法はありません。・・・区切りをつけ間をとって、状況の安全を確かめ、また緊張感を高めてから、取り組みに臨みます。節目こそ、事故を遠ざけ、自分の力を引き出す仕組みなのです(P159)

とあるところで、とかく新しい手法に飛びつきがちな我々に、先人のノウハウをちゃんと学ぶべきことを、あらためて示唆している。

そして、ヒューマンエラーが起きた際によく耳にする「想定外」という言葉には

工学として最も妥当な態度は「この機械のどこが故障すると、どのような事故になりうる。その備えはこうする」というものです。万が一の故障が起こったとしても、「被害」の発生確率を抑える発想が大事なのです。決して「故障」の発生確率を問うものではありません。故障発生確率を考え出すと、「そんな故障はありえない。だから対策もしない」という結論に行き着いてしまいます(P135)

といったように、コスト面や人手の面から、エラーの発生可能性とエラー防止を安易に結びつけてしまう我々への警鐘をならすとともに、

問題解決を考える時には「問題の解決策はクライアントがもっている」と肝に銘じることが秘訣です。・・本当は自分のもっている解決方法を実行するために相談に来たのです。「〇〇ができれば問題を解決できるが、そうならないものかな」と思っているんです。・・・クライアントはアイデアを持っていないと決めつけて、口出しさせぬまま、コンサルタントがあれこれ答えめいた指図をするだけでは効き目がありません(P146)

といったように、専門家への丸投げや過信、現場の軽視に陥りがちな、本部や本社主導のエラー防止対策の危険性も指摘しているのである。

さて、ヒューマンエラーは、どこでも、だれでも起こしうるというはじめの言葉に従えば、関連する部署、関連する社員それぞれが危険意識を保持する、共有することが一番大事であるようだ。本書内で引用される「御神輿組織理論」
のごとく

大人数で御神輿を担いでいると、誰か一人が力を抜く。それでも神輿は進む。二人、三人と力を抜いても、まだ進む。ますます力を抜く人が増え、やがて限界が来て神輿は倒れる(P152)

といったことにならないよう、組織全体で考えを巡らすことが大事なんでありましょうね。

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