歴史的・構造的に「残業」をとらえた長時間労働の「処方箋」 ー 中原淳+パーソナル総合研究所「残業学」

電通の痛ましい自殺や、いろいろ表にでてきた過労死といったことを発端に始まった「働き方改革」なのであるが、「働き方」を改革することが遅々として進まないだけでなく、「労働時間の短縮」も、大企業から中小企業への付け回しのNHKニュースもあったように、思ったようには進んでいないのが実態であろう。

そんな「残業」の問題を、単純な「効率アップ」「生産性向上」の観点だけではなく、歴史的背景や慢性的な長時間労働を産む「構造」の問題まで、正面からとらえたのが本書『中原淳+パーソナル総合研究所「残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうか?」(光文社新書)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

オリエンテーション ようこそ!「残業学」講義へ
第1講 残業のメリットを貪りつくした日本社会
第2講 あなたの業界の「残業の実態」が見えてくる
第3講 残業麻痺ー残業に「幸福」を感じる人たち
第4講 残業は「集中」し、「感染」し、「遺伝」する
第5講 「残業代」がゼロでも生活できますか
第6講 働き方改革は、なぜ「効かない」のか?
第7講 鍵は「見える化」と「残業代還元」
第8講 組織の生産性を根本から高める
最終講 働くあなたの人生に「希望」を

となっていて、まずは

残業についての議論がこのように絶望的なすれ違いをもたらす原因の一つには、「データに基づく対話がなされていない」という問題があると私は見ています。・・・「木を見て、森を水」の状況が、残業問題には常についてまわります(P35)

といった問題提起から始まる。働き方改革法案の国会審議の過程ででてきた、長時間労働の統計のいい加減さは置いといて、たしかに、長時間労働の問題の議論が深まらないのは、単なる「時間数削減」に目が行って、長時間労働を生み出す原因は、「ダラダラした働き方」であるとか、働く側のメンタリティの部分だけ強調されて、心理学的、労働の構造論的なアプローチがされていないことにも原因があるように思える。

そのあたり、本書は

昭和にあったのは「ハレ」の残業、平成から今は「ケ」の残業です(P55)

と、時代史的に、残業の質の違いを指摘した上で、

「仕事」に対応して人が雇われていないため、見つけようと思えば仕事を「無限」にでき、さらに仕事の「時間」にも制限がない、という世界にも稀な2つの無限をもっているのが日本の職場なのです。だからこそ、青天井の残業が発生します(P71)

日本企業は景気が悪くなった時、人を切るのではなく労働時間を減らして対応していたのです。つまり、「景気が良い時は残業し、悪い時は残業を減らす」といった形で、人員の代わりに残業時間を調整用のバッファ(のりしろ)として活用することで、外部状況の変化に対応してきました。(P76)

と長時間労働問題に横たわる、日本の労働の構造的な問題を表に出している。たしかにこの長時間労働が日本の復興や高度経済成長など日本経済の発展の下支えとなったのは間違いなく、この成功体験が、「ハレ」の時期を終わり、バブル崩壊後の長い低迷期へも影響を及ぼしていたことは間違いなく、こうした「労働構造」の変革なくしては、「長時間労働」の問題は解決しないといっていい。

ただ、ここで終わらないのが、本書の持ち味で『「超・長時間労働」によって「健康」や「持続可能な働き方」へのリスクが高まっているにもかかわらず、一方で「幸福感」が増してしまい残業を続ける人がいる(P103)』と指摘し、

「残業麻痺」で高まる「幸福感」には、心理学で言うところの「フロー(flow)」状態と相関があるということがわかりました。「フロー」とは・・「その人が、ある行為に完全に集中し、浸っている体験・心理状態」を指します。
(略)
超・長時間労働にさらされていても幸福感を感じている人は「仕事が自分の思う通りになっている」という自信の感覚があり、「仕事にグッと集中し、完全にのめり込んでいる」という没入状態に近いようです(P119)

と個人の問題も無関係ではないところを明らかにするあたりは意地が悪いところである。

そして、この問題が労働構造の問題と労働者の意識の問題という二つがかみあわさったものである以上

私は「長時間労働」のメカニズムも、この「組織学習」によって説明ができると思います。・・・個人レベルでは「麻痺」「残業代依存」が起こり、個人の「習慣」として定着します(個の学習)。そこに、組織レベルで「集中」「感染」が起こり、組織内の不公式な「制度」として定着します。(ヨコの学習)。これらの異なるレイヤーの負けニズムが互いに強化しあい、単なる「個人の意識」レベルを越えて残業習慣を「組織全体」に根付かせる「負の組織学習」が起きるわけです。さらに、その学習高価は「遺伝」というプロセスで世代間に継承されます(タテの学習)(P203)

として、この根本的な解決策は、時間効率を上げるといった小手先のものでは不十分で

長時間労働の慣行を解除するには、残業時間削減という「外科手術」的な方法に加えて、より中長期的な効果を狙った「漢方治療」のような施策が必要です

と本格的な取り組みの必要性を訴えている。さらに、これを受けて「構造的な処方箋」も示されているのだが、これ以上書くとネタバレが過ぎるので、具体の内容は原書で確認してくださいな。

【レビュアーから一言】

表題に「残業学」と唱うだけあって、残業に関する歴史的考察や心理学的アプローチなど、多方面から「残業」「長時間労働」の問題を取り上げてあって、意欲的な提言の書である。

ただ、こういう類の本が「労働」「ワーク」を良くないもの、少なければ少ないほどよいもののように扱うことがままあるのだが、本書は

ライフの定義を変えましょう。ライフとは、仕事と対立するものではありません。ライフとは「仕事とうまくつきあいながら、自分の長い人生を全うすること」(P320)

と「働くフツーの人」にあくまでも寄り添ってくれているところが好印象である。「働き方改革」論議の空虚さに悩んでいる人は、押さえておいて損はないと思いますよ。

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