今こそ人事部門が「存在価値」「存在するメリット」を見せるべき時なのだ — 本間浩輔・中原淳「会社の中はジレンマだらけ 現場マネージャー「決断」のトレーニング」 (光文社新書)

成果主義、年功序列の崩壊、ダイバーシティなどなど、働く環境は最近本当に目まぐるしく、主導理念が変わったり、付加されたりするのだが、急激な変化は当然、軋轢を生むもの。そして、そうした軋轢は、現場の管理職・マネージャーたちを直撃することが多いのだが、本書はそんな管理職・マネージャーたちの環境分析でもあり、アドバイスとエールでもある。
 
構成は
 
第1章 なぜマネージャーに”現場仕事”が増えるのか
 ー「部下に任せる」ための人材育成トレーニング
第2章 なぜ産休社員への人員補充がないのか
 ー部下のワーク・ライフ・バランスを考えるトレーニング
第3章 なぜ「働かないおじさん」の給料が高いのか
 ー新しい評価と組織づくりのトレーニング
第4章 なぜ新規事業のはしごはすぐ外されるのか
 ー「会社と成長」を考えるトレーニング
第5章 なぜ転職すると給料が下がるのか
 ー「これからの自分の働き方」を思考するトレーニング
 
となっていて、まず、こうした軋轢にぶつかった時は
 
はじめにいったん立ち止まって、状況をじっくりと「観察」することです。
そのうえでジレンマの構造を「理解」します。
そして観察と理解に基づいて「決断」を下し、前に進みます。
 
ということで、まずは落ち着くことが大事なようだ。
ただ、落ち着いて取り組んでも、今のマネージャーたちを取り巻く環境は、そう簡単なものではなくて、例えば、部下育成の場面では
 
組織のフラット化には、意思決定のスピードが増す、人件費を抑えられるといったメリットもありますが、フラット化にともなう部下の増加は現場のマネジメントを難しくしてしまっている。
企業の側もその点には気づいていて、最近はマネジャーになる手前の人材を「チームリーダー」といった肩書にして、数人の部下を見させたりしていますよね。
 
といったように、実は組織改革の失敗の部分を、マネージャーたちに制度的にカバーさせているところがあったり、
 
「任せられない問題」の背後には、「マネジャーがプレイヤーでもあり続けなくてはならない」という状況があると見ています。
マネジャーが、自分のチームのミッションに対応できる人的リソースを十分に与えられていれば、任せることは容易なはずです。
しかし、今のプレイングマネジャーは自分も仕事を抱えていて、自分の目標も達成しなくてはならないから、部下の様子にしっかり「目配り」することができない。このプレマネ状況が、「振る」とか「丸投げする」といった行動につながっているんじゃないかと思う。
 
といったように、いわゆる人員削減、経費削減が巡りまわって、マネージャーたちが尻を拭いている状況がレポートされている。当方が思うに、グローバリスムの風が席巻した後の人事政策は、往々にして、流行のものを調整することなく無条件に持ち込んで、あちこち出っ張ったり、ぶつかるところを、現場合わせで、現場のマネージャーたちが調整させられているような気がしていて、このあたり、もう少し現場に丁寧な制度導入を考えてみるべき時期ではないかと思う。
 
それは、いわゆる「人事評価」という人事の根幹のところでも、例えば
 
三六◯度評価は、使い方を誤ると、データを読み間違える可能性が高くなりますね。異常値の検出には使えるんです。誰が見ても問題のある人の評価は低く出る。これを目指すならば、三六◯度評価は使えるかもしれません。だけど、ランキングを出すような評価に使えるかというと、あまり使えないのではないかという気がします。
 
 
たとえばOJT制度だってそうですよね。あれは、高度成長期に工業製品をつくっていた人たちに合った育成方法で、業績が右肩上がりでみんなが「自分はこの会社でずっと働き続けるだろう」と思える時代だったから、うまくいっていたんだと思うんです。
 
と言った風に、流行のものや今まで当然と思われていた人事制度にも、きちんと分析の目が届いているのが本書の特筆すべきところであろう。
 
本書によれば
 
高度経済成長期という右肩上がりの時代にたまたまかみ合っていたものがあって、それが年功序列や終身雇用だったわけですよね。
ただ、本当にかみ合っていた時期は、実はほんの三○年ぐらいじゃないかと思うんです。それに、高度成長は日本が東西冷戦構造の中でつかんだ「奇跡」であり、もっと言うと「棚からボタ餅」でしょう。奇跡や棚ボタは滅多に起きないんだから、時代に合わないものは変えたほうがいいと思います。
あの時代を基準にして物事を考えるのはもうやめないといけないし、変えるのをそんなに怖がる必要もない。だってよく考えてみてください。この国は常に外憂をかわし、変化し続けたから生き抜くことができたんです。
 
ということで、最近の年功序列、終身雇用を見直す風潮は、ちょっと歴史的認識が不足しているとこことであるらしい。日本的雇用を再評価する動きは、正直言って、バブル経済前後から職業生活を送っている、当方のような年代層の大部分にとっては非常に安心感を抱くのだが、時代はそうはならないのが本当のところで、いいかげん観念しないといけないところであるようだ。そしてそれは、
 
これまでの人材育成の研究って、新入社員をどう育てるかとか、リーダーシップをどう開発するかといった「登山の研究」ばかりなんです。
役職がなくなり、給料が下がっていく下降のプロセスをいかにうまくたどり、自分のキャリアをいかに収束させていくかという「下山の研究」がなかった。
「下山」という言葉が強すぎるなら、「折り返しの研究」
 
ということで今までの研修やら、育成の方法そのものを見直す必要性にかられているものであるし、
 
右肩上がりの給与が期待できない成熟した社会では、給与の源泉をひとつに絞ることは、今後できなくなると思います。
企業は社員に自律を求める方向にいくのだろうし、だとしたら、副業を許容せざるをえない
 
と言った風に、企業へのロイヤリティの問題も含めて、職業生活のあり方を考え直さない問題でもある。
 
さて、どうやら、時間外労働の縮減といったことも大事なんでありますが、「変化」はそういう一種の牧歌的なところでは留まりそうもない。ワークスタイルそのもの、職業生活そのものについて、根本から考えないといけない時代になってきているような気がいたしますね。
 

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