生涯キャリアを選択する時代の「働き方」とは ー 新井健一「働かない技術」

「人生100年時代」「働き方改革」という議論が先ごろまであちこちで起きていたのだが、最近は、ラグビーワールドカップで日本チームが大健闘したせいでもないのだろうが、議論が下火になっている感が強い。
ただ、この問題は、筆者の

自らの、あるいは自社の働き方について、いま最も真摯に考えるべきなのは、若手でも経営層でもなく、ミドル世代だと思っている。この世代が、働き方改革の本質を見極め、改革を正しい方向に導かなければ、日本も日本企業も凋落の一途をたどるだろう。

という投げかけのとおり、今現在、企業社会を支えている層が、自らの意思で、自らの方向をきめるべき問題ではある。
そんな企業社会を担う「管理職」世代への「働く」ということについての提言が本書『新井健一「働かない技術」(日経プレミアシリーズ)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグー「働かない」のにはスキルと覚悟が必要だ
第1章 なぜ「働かない技術」が必要か
第2章 ガラパゴス化する職場
第3章 ダラダラ職場が生まれる理由
第4章 「働きすぎる」ミドルの末路
第5章 「職場脳」からの脱却
第6章 残業できない時代をどう生きるか?
エピローグ
「働く技術」
日本の組織ならではの強みを活かしつつ新しいステージへ
あとがき

となっていて、まず

そもそも、これからは8時間労働そのものも疑ってかかる必要がある。
(略)
8時間労働は18世紀後半、それまでの10時間から16時間にのぼる過酷な労働を見直し、「仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を」というスローガンのもとに提唱されたものである。
要は8時間労働とは、労働安全衛生という人道的見地から提唱され、定着したものであり、知識労働者の生産性を高めるために必要な「集中していられる時間」とは無関係なのだ。

と我々の「労働観」そのものへの疑問から始まる。たしかに、今の「働き方改革」の議論は、働く「方法論」、働く「形態論」で議論されることが多くて、労働時間も含めた、「働くこと」の基本論について議論されている気配はない。このあたりは、まあ議論しても甲斐がない、という思いのある人もいるだろうが、効率性や生産性の話の前提として、我々はどういう「働き方」を選択したいのか、という面では、いつも頭の中においておくべき話なんだと思う。

さて、根本議論はさておき、本書では、日本の働き方の構造を欧米と比較しながら

・日本人の労働は「神事」に結びついていて、「働かない」ことが難しい
・日本人の働くことへの意識の底には農耕型(個人で完遂できず、かつ個人の能力だけでは成果に差が出づらい仕事で求められる人材要件)があるため、最終的には「評判」が重視させる
・日本人の働き方はメンバーシップ型、欧米人の働き方はジョブ型

という特徴などについて言及した後、

日本型人事管理は階級を前提としていないのに対し、欧米型人事管理は階級を前提としている

であったり、

(バブルがはじけた後に)導入された成果主義では、職能給を撤廃して、もしくは併用して職務給を導入するかと思えば、そうはならず役割給という新たな概念を導入した。
役割給とは、それまでの職種や等級のマトリクスに必ずしもとらわれず、経営戦略上の重要度、影響度、難易度などの観点から成果の期待値を定め、報酬を支払う。
だが、この仕組みを日本企業の残業体質を是正することなく、かえって助長することになった。

といった形で、日本の「働き方」の構造分析や歴史的な考察がされているので、新しい働き方のアイデアを探す前に、ここらで基本的な知識を学んでおくことができるのでざっくりと目を通しておいたほうがよいですね。

で、こうした議論を踏まえての筆者が強調するポイントは

これからは生涯キャリアの自己管理時代になると述べたが、自己管理時代であるからこそ、「その職場で」「その仕事を」「長時間労働で」する必要があるのかということを、常に考えなければならない

ということで、これからのビジネスパーソンは、組織に属する場合であっても

これからの日本企業における人事管理は、ハイブリッド型になると先に述べた。ハイブリッド型とは日本型と欧米型の折衷である。
具体駅には、遅くとも一般社員から管理職に昇進する前に、「役割給人材」か「職務給塵埃」か、どちらの人材タイプを目指すか自身で決めて、準備をはじめなけれなならないだろう。
(略)
これからのキャリア形成で一番まずいのは、どっちつかずの人材で居続けることだ。

といった選択を「自分で」やらないといけない時代となっていることを認識しないといけないのであろう。そのため、今までは会社や組織が提供してくれていた理念、例えば

職務給による人事管理を日本企業に導入するとは、正社員も含めてすべての社員が「派遣社員化」するということ

であったり、

基礎的な実務能力を育くむための「時間でなんとかする働き方」は、最長3年で卒業しなければならない

あるいは

これからはますます、管理職になる以前から、何をもってその後のキャリアを築いていくはの選択を迫られるだろう、引き続き知性推し(→職務給人材)で行くのか、それとも徳推し(→役割給人材)で行くのかだ。

といった、自分で「選び取る」ための理論武装を「自分の手」でやらないといけないことが目の前に迫ってきているようなので、ここらはしっかり本書などで得た知識をもとに自分で考えてシミュレーションしないといけないようです。

【レビュアーからひと言】

本書を読んでいて、自分もそうだな、と思い当たったのが

今後、生涯キャリアを自己管理していかなければならない時代において、一番まずいのは「誰でも階段を上がれる」幻想を妄信しながら、これまでの働き方をすてられないこと

日本の企業人は、役職や資格等級の上下が、人生のプライドという意識、役職や等級の上下は絶対である、というコアビリーフを書き換える必要がある。

といったあたり。定年などで肩書を失うと途端に周囲の目線が変わったり、名刺の社名や肩書をみて対応が変わったりするのは誰しも経験があるだろうし、働き方改革があちこちでとん挫するのもそのあたりに原因があるのかもしれない。企業意識はおいそれとは変わらないのだろうが、これからの「働い方」や「企業社会」の変化を考えると、頭の片隅においておいたほうがよい課題ですね。

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