アオヤマくんの「初恋」の結末は”鴛鴦茶”のごとく複雑な味わい ー 岡崎琢磨「珈琲店タレーランの事件簿5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように」(宝島社)

第4巻は短編仕立てであったのだが、第5巻は従前に戻って長編仕立てと、京都風味が復活している。
ただ、今までの巻と違うのは、今の巻のメインキャストは「アオヤマ」くんで、しかも、美星バリスタへの恋模様ではなくて、彼の中学生時代の年上の女性への初恋から始まり、現在での再会というストーリーで、いつも妙な推理をして美星に叱られている彼らしくなく、リリカルな仕立てになっている。

【構成と注目ポイント】

構成は

プロローグ 大きな川の流れる風景
第一章 少女のショートカットはなぜ魅力的だったのか
第二章 猿が辻にて濡れる袖
第三章 ワールド・コーヒー・ツアーズ・エンド
第四章 コーヒードール・レゾン・デートル
第五章 大長編は幕切れの地へ
第六章 嵐に夜に浮かぶ舟
エピローグ この鴛鴦茶がおいしきなりますように

特別収録:このアップルパイはおいしくないね

となっていて、本編は、まず、プロローグで、アオヤマくんが、年上の初恋の人・眞子さんに出会うところからスタート。ここのところで、彼が何故、理想のコーヒーを探すようになったのか、その理由が明らかになる。もっとも、ご想像のとおり、彼女の気を惹くためという邪心ゆえなんでありますがね。

筋立てのほうは、まず第一章で、アオヤマくんが眞子さんとの再会に続いて、中学生時代、学校に馴染めずに孤立していた時に、彼女の機転によって救われるエピソードが示される。このエピソードが、傘の取り換えであるのが第一話のタレーランでの逸話へと続く、といった雰囲気を漂わせていますね。

この後、彼女に「不倫に悩んでいる」といった相談を持ちかけられて、二人で会ううちに、アオヤマくんの昔の恋愛感情が蘇ってきて、美星ちゃんのことをつい脇におきそうになって、といった経過を経ながら、最後の、宇治川での最終解決へと向かっていく展開である。

といっても、アオヤマくんと眞子さんの一本調子の恋愛ものではなく、

第二章では、アオヤマくんと眞子さんが、猿が辻でデートまがいの散歩をしている途中に、彼女が水風船をぶつけられてびしょ濡れになる出来事があり、一見、ここで頻発しているイタズラと思われたのだが、美星が、眞子さんの隠された意図を暴いたり、

第三章では、眞子さんの不倫相手がいるという「イーグルコーヒー」の店主が高野鷹が、婚約相手と世界旅行に出た先で、突然、彼女から婚約破棄を言い渡された理由の推理

第四章ではイーグルコーヒーの店員の皆川紀香の叔母の婚約者のオフィスにおかれてた、コーヒーを飲む「ビスクドール」の真相

といった小味のきいたミステリーがそれぞれで語られるので、本編の展開とあわせて楽しめる設定となっている。

そして、最終解決は、台風で荒れ狂う「宇治川」の場面で、ここには、眞子さんが好きで、アオヤマくんも読み始めた「源氏物語」が下敷きになっていて、源氏物語の最後の「宇治十帖」の「浮舟」の後日譚がどうだったか、といったことが結末をリードしている。

最後の特別収録の「このアップルパイはおいしくないね」は、タレーランの店主の藻川のじいさんの自慢の「アップルパイ」がネタ元で、ある夫婦の間では、この「アップルパイ」が不味い、という定評なのでが・・といった話の謎解きなのだが、この結末は料理の下手な女性にはちょっと酷な感じが漂いますね。

【レビュアーから一言】

第5巻のサブタイトルにでてくる「鴛鴦茶」は香港で飲まれる、コーヒーと紅茶をミックスしたもので、この「タレーラン」の物語では

鴛鴦茶は不思議な味だった、クリーミーな風味のあ奥を探っていくと、コーヒーと紅茶、二つの異なる渋みがそれぞれに感じられる、甘いけど、それでいて清涼感もある。ほかでは飲んだことのない味だ。

という感じなのだが、下川裕治氏の「週末香港・マカオでちょっとエキゾチック」によれば

「これ、すごく疲れない?」
僕が口を開いた。
「そう。紅茶だと想って飲むと、紅茶の味がする。コーヒーだと自分にいい聞かせて飲むとコーヒーになる」
頭の中にやじろべえを置いているような感覚だった。

という感想でかならずしも好意的ではない。このあたりは、それぞれで検証してくださいな。

このほか、眞子さんの不倫相手がいるという「イーグルコーヒー」は、安井金毘羅宮の近くにあり、この神社の

祭神は崇徳天皇、大物主紙、源頼政の三神。起こりは崇徳天皇の霊を祀るために建立された寺院で、その崇徳天皇が保元の乱でタブレ、流された讃岐の金刀比羅宮で欲を断ち仏道修行に励んだところから、断ち物の祈願をする社として信仰されていたそうである。

といったキャプションがあったりして、本巻では、京都の名所案内も充実していているので、京都好きの方はそれぞれにお好みのところを探してください。

 

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少し懐かしい「香港」の物語 — 下川裕治「週末香港・マカオでちょっとエキゾチック」(朝日新聞社)

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