加賀藩に降りかかる火の粉を、本多政長は打ち払えるか ー 上田秀人「舌戦 百万石の留守居役13」

老中筆頭・堀田備中守正俊と「手打ち」をすることのできた加賀・前田家であったのだが、安心は長くは続かず、未だに前田綱紀が将軍候補の声があったことを恨む将軍・綱吉と、先祖が取り潰された恨みを未だ忘れない大久保加賀守が敵として立ちはだかる。

今回、加賀藩に仕掛けられる罠の対象は本多政長で、彼を江戸へ呼び寄せて「直参」にするか、なにか落ち度を見つけて加賀藩を窮地に陥れようとする巧妙な手口である。さらには、加賀藩上屋敷へ「武田党」の乱入を許し、犠牲者も出してしまった不始末の証拠を、大久保加賀守の命を受けた旗本・横山長次が手に入れ、大目付に訴えも出されるという二重の「加賀藩存続の危機」である。

ここまでの危機となると、新米留守居役の瀬尾数馬では「役不足」ということで、本多政長が先頭に立って采配をふるうのが「百万石の留守居役」シリーズの第13弾が『「舌戦 百万石の留守居役13」(講談社文庫)』

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 幕開け
第二章 言動の槍
第三章 執政の競
第四章 謁見の場
第五章 参府と在国

となっていて、幕府の召集に応じて加賀を離れた本多政長の留守を狙って、家中の一部の侍が政長を除く企みを始めるところからスタート。失敗続きにもかかわらず何度もこういう謀略を企む輩が出てくるというあたりは、加賀藩における本多家の微妙さを現しているんだろうが、いい加減なんとかしないと取り返しがつかないことが起きるような気がしますね。

さて、今巻の第一のヤマ場は、加賀藩の上屋敷に暴漢が乱入したという旗本・横山長次の訴えに対する幕府への申し開きの場へ、江戸家老の横山大膳にかわって本多政長がでむくところ。本多家に祖先以来の恨みをもつ大久保加賀守や、大目付、若年寄など幕閣の前で、加賀藩の無実を証明する一方で、大久保加賀守の手先として加賀藩取り潰しの先鋒となっている旗本・横山長次へ逆に仕返しをするあたりは、凄みを感じますな。敵となる横山長次が出世の意欲はバリバリながら、下手なことしかできない人物なので、「敵に不足あり」といったことなんでありましょうが。これに輪をかけて下手をうつのが、一族で加賀藩江戸家老の横山大膳なのだが、この人は下手をうっているのもわからないぐらいなので、もっと仕方ない御家老さんであります。今話の最後で、国許へ還されるのも尤もですね。

第二のヤマ場は、綱吉に江戸城に召し出されてご下問をうけるところ。綱吉のもともとの目的は、政長を直参にしてしまって憎き加賀藩の勢力を削ごうというところにあったのだが、この場で政長が話した「直江状の真相」で、その気を失ってしまったようですね。「直江状」というのは、上杉景勝の家臣・直江兼続が、徳川家康宛に送った書簡で、上杉景勝に対する家康の謀反の疑いに反論すると共に、家康のことをボロカスに貶したもので、これに怒った家康が上杉討伐を決意したという曰くつきのものなのだが、本書では、この写しが、当時兼続の娘婿だった政長の祖父が預かり、作成の経緯も含めて、加賀の本多家に伝わっている、という設定になっている。で、この政長が綱吉に明かした「直江状」の真相をちょっとネタバレすると、実は徳川が豊臣から政権を奪取すること間違いなし、と判断した直江兼続が、家康の謀臣・本多正信の共謀して、上杉家を残すとともに、豊臣恩顧の大名を抑えて徳川家が政権移譲を円滑に進めるために仕組んだもの、というところで、その謀みの凄さは本書を読むと「ほーっ」と唸らせられること間違いなしでありますね。
もっとも、綱吉との面談が終わって、退席した後で本多政長が

「毎度、毎度、直江状の理由を考えるのは面倒だな。たかが手紙の下書きに意味などないわ」

と言うのをみると、どこまで本当なのかは「闇の中」ということかもしれませんが・・。

お待ちかねの戦闘シーンは、綱吉との面談が終わって、加賀藩上屋敷に帰るところで繰り広げられます。今回は、大久保加賀守に脅された、横山長次との家臣と横山大膳の腹心+浪人という手勢で、二十名弱揃えてあるのですが、政長が江戸屋敷の加賀忍である「軒猿」の大部分を連れてきている上に、数馬、石動という剣の使い手もいるので、大乱戦にならないところがちょっと残念でありますね。

【レビュアーから一言】

政長が綱吉と面談するところで、将軍を伊賀者が密かに守護していないというところに驚愕する場面があるのだが、館林の傍流から入った綱吉には伊賀者の役目がいまいちよく理解できていなかったのかもしれませんね。上田秀人さんの「御広敷用人」シリーズでは、そんな綱吉が、正室・鷹司信子によって大奥内で殺害されたってな話もでていたので、そういう脇の甘さが命取りになったのかもしれません。

【関連記事】

外様大名家という一風変わった所を舞台にした時代小説シリーズのはじまり、はじまり — 上田秀人「百万石の留守居役 1 波乱」(講談社文庫)

瀬能数馬のデビュー活劇と将軍家後継ぎ問題の顛末は? — 上田秀人「百万石の留守居役 2 思惑」(講談社文庫)

瀬野数馬、留守居役デビュー。加賀・前田家に降りかかる難題を解決できるか? — 上田秀人「百万石の留守居役 3 新参」(講談社文庫)

将軍没後も前田家に降りかかる大老の謀略 — 上田秀人「百万石の留守居役 4 遺臣」(講談社文庫)

瀬能数馬、留守居役としてはまだまだ未熟者である — 上田秀人「百万石の留守居役 5 密約」(講談社文庫)

数馬の「会津行き」は、なかなかの収穫を得た旅になりましたな– 上田秀人「百万石の留守居役 6 使者」(講談社文庫)

継室探しは、加賀前田家を騒動に巻き込んでゆく。それにつられて数馬も・・ — 上田秀人「百万石の留守居役 7 貸借(かしかり)」(講談社文庫)

数馬、参勤交代で頭角を現すか — 上原秀人「百万石の留守居役 8 参勤」(講談社文庫)

江戸・加賀両方で、騒ぎは大きくなる一方 — 上原秀人「百万石の留守居役 9 因果」(講談社文庫)

一馬、福井藩へ使者として赴き、大騒動を起こす ー 上田秀人「百万石の留守居役(十) 忖度」(講談社文庫)

琴姫、愛する夫の救出に乗り出す ー 百万石の留守居役(十一) 騒動

本多政長、江戸へ召喚。数馬の新たな任務とは ー 上田秀人「百万石の留守居役 12 分断」(講談社文庫)

コメント

タイトルとURLをコピーしました