福井藩主の「詫び状」の仰天な使い方ー上田秀人「布石 百万石の留守居役 15」

徳川第二代将軍・徳川秀忠の娘で、加賀・前田家の二代当主・前田利常の奥方・珠姫の「御陵守り」という閑職から一躍、江戸詰の留守居役に抜擢され、さらには加賀藩で「堂々たる隠密」と異名をとる本多正信を祖先とする筆頭宿老・本多政長の娘:琴姫の婿となった瀬野数馬の活躍を描く「百万石の留守居役」シリーズの第15弾が『上田秀人「愚劣 百万石の留守居役15」(講談社文庫)』。
前巻きで幕府創設以来の宿敵・大久保家の当主である大久保加賀守の企みから本多家を、舅・政長とともに守った数馬だったのですが、彼が隣藩の越前藩主・松平綱昌からとった「詫び状」をめぐって吉原で襲われた後始末と、将軍・綱吉によって江戸へ足止めされているうちに、嫡男・政敏を陥れようと仕掛けられた罠が動き始めるのが本巻です。

構成と注目ポイント

構成は

第一章 留守の宿題
第二章 古きもの
第三章 女の援(たす)け
第四章 裏の裏
第五章 投げられた石

となっていて、本巻では国元に残る本多家の嫡男・政敏と、江戸での当主・政長を軸に話が展開していきます。

加賀藩国元で「謀反」の動きあり

国許のほうでは、本多政長が江戸へ滞在し留守をしているときを狙って嫡男の政敏を煽って、本多家を二つに割ろうとする勢力が蠢き始めます。勝手に、昌敏によって、政長の隠居願いを提出させ代替わりをさせ、政長勢力を追い払おうという手ですね。当然、数馬の妻で政敏の妹・琴姫は反対するのですが、政敏の家臣によって軟禁状態にされてしまいます。もっとも、この主力となるのは、彼の奥方である、加賀前田家のもう一方の有力家臣である前田孝貞の娘に輿入れで随従してきた家臣たちなので、ここらには、加賀藩の本多家をめぐっての複雑なお家事情が関係しているようです。この隠居願いは藩主・綱紀によって「蒸された」扱いになるのですが、新当主となる前田政敏も、この騒動をそそのかした輩のさらなる煽動にも煮え切らない態度を示しますし、当主の座を追われるかもしれない政長も静観していますので、陰に親子で暗黙のうちに仕組もうとしていることがあるような気がします。

福井藩からの「詫び状」の厚顔無恥な返還要求

一方、政長と数馬が滞在する「江戸」のほうでは、福井藩主・松平綱昌が数馬に出した「詫び状」の扱いを巡っての騒動が続いています。前巻で、福井藩江戸留守居役・須郷が、先輩留守居役の威光と称して、数馬から詫び状を取り上げようとして失敗した上に、それを逆恨みしての、政長・数馬の吉原襲撃も撃退されるという大失策を演じているですが、この情報を知らないままに、越前藩の国家老・結城外記が、福井藩主・綱昌の意を受けて、帰国していた加賀藩主・前田綱紀のところへ返してくれるよう直談判にやってきたり、すでに江戸の瀬野数馬のもとへおくられていると知ると江戸へ上京してくるといった、福井藩の上層部をあげての騒動となってきています。本書によると、藩主が「詫び状」を書かされるということは、幕府に知られれば藩が潰されても仕方がないような大失態らしいので、福井藩の藩主や家老たちが必死になるのも無理はありません。ただ、このシリーズの特徴は、主人公たちの敵役になる人達は、自分の権力や技量を過信して、主人たちを侮った行動にでてくるのが常で、今回の福井藩のお偉方の面々も数馬や政長に対して高圧的な態度で接してきます。このあたりm、主人公側へ読者を味方させる筆者の上手い手ではありますね。

福井藩主の詫び状の驚くべき使い方

で、福井藩側の厚顔無恥な交渉にいい加減苛立ってきた、本多政長なのですが、この詫び状の処理方針として、禁じ手とも言える、驚く手を使います。なんと、この書状をそのまま、綱吉に渡してしまおうとするのですが、当然、それを阻止しようと硬軟取り混ぜて、福井藩松平家の動きも活発になり、ということで、そのへんの虚々実々のやりとえいは原書のほうで堪能してください。
さらに、この禁じ手を行う過程で、綱吉に面会するのですが、そこで、嫡男の政敏が「謀反」を起こそうとしていると情報をいれておいて、国許の騒動に幕府が口を挟むのを事前に防止するなど、祖父・本多正信ゆかりの「謀才」は見事であります。

レビュアーから一言

数馬に詫び状を書かされた松平綱昌は、1686年(貞享3年)に「狂乱」を理由に幕府によって蟄居を命じられ、領地も半分の25万石に減らされています。加賀藩にとっては、監視役として配置されていた幕府側の隣国の勢力を削ぐことに成功したわけで、ここらへんに政長たちの深謀遠慮があったような気がします。さらに、この巻で本多政敏をそそのかしている輩を陰で操っているのが、戦国時代から加賀の地域で勢力をもっていた「長」一族がいることも判明するので、ここらで、五代将軍の継嗣騒動で幕府から付け狙われている加賀・前田家の死角をなくしておこうという綱紀・政長の計略もあるのかもしれません。

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