本多政長、江戸へ召喚。数馬の新たな任務とは ー 上田秀人「百万石の留守居役 12 分断」(講談社文庫)

外様の雄藩である加賀藩前田家の江戸留守居役・瀬能数馬をメインキャストにした、時代小説「百万石の留守居役」シリーズの第12弾。

前巻までは、参勤交代の差配をするために道中の藩との折衝に奔走したり、本家への復帰を狙う分家の家老による「前田綱紀」の暗殺を未然に防いで、加賀前田家を無事守り通した数馬が、妻・琴姫と新婚生活を送れるかと思いきや、再び新たな任務にかり出されていくのが今巻。

しかも、今回の任務は、義父で琴姫の父・本多政長にからんだもので、四代将軍・家綱の急死に伴う五代将軍選びに端を発する、下手をすれば加賀前田家の存亡にかかわっきかけない事件の処置である。

 

【構成と注目ポイント】

構成は

第一章 加賀の難
第二章 執政の覚悟
第三章 本家と分家
第四章 筆頭の矜持
第五章 本多の血

となっていて、まずは江戸の加賀前田家の屋敷を襲った、江戸の闇を支配していた「武田党」の頭領・武田法玄が殺された後の顛末からスタート。「武田党」は首領の死後、まわりから縄張りを奪われ始めていたのだが、党の生き残りの法玄の息子「四郎」がいる本拠に攻め入った一味が簡単に撃退される。この「四郎」という人物、かなり強いのは確からしい。武田党の情けない壊滅(第十巻「忖度」のレビューを見てくださいな)は「四郎」が裏切って、父の法玄を殺害することが原因なのだが、それもこれも、四郎が数馬の妻・琴の配下の忍・佐奈に惚れてしまったことが原因なのだから、女性の力は無敵ですな。
もっとも、今回、武田党が襲った時の加賀藩の屋敷内の長屋の壁の残骸が、老中・大久保加賀守の手に入って、加賀藩前田家へいちゃもんをつけられる原因となるので、もめ事はないに越したことはないし、この襲撃の原因も佐奈が四郎をこっぴどく振った上に痛めつけたのが元なのだから、佐奈ちゃんも反省はしないといけないな。

さて、物語の本筋は、加賀前田家の「堂々たる隠密」として藩政を任されていた本多政長が幕府に召還され、江戸へ赴く道中がメイン。本多政長が呼び寄せられる目的は、前田綱紀と本多政長の推理によれば「先祖の功績を盾に、本多家を譜代大名にし、前田家から引き離す。」ということで、大名にできれば九州か東北あたりの遠いところに封じて縁遠くさせたり、前田綱紀の反対によって大名にできなくても本多に前田家への恨みを残す、という策略らしい。根底には、将軍・綱吉の加賀前田家の取り潰しの企みがあるので、将軍に目通りしたらしたで、これから面倒なことが続きそう気配がしますね。

道中のバトルは、本多家に先祖代々の恨みを持つ、大久保加賀守に踊らされた、加賀藩の分家・富山藩の元家老の近藤主計や、旗本の横山長次とその親戚の前田家の江戸筆頭家老・横山玄位と政長・数馬一行との間におきる。今巻は、武闘シーンだけでなく、江戸屋敷内と横山一派と次席の江戸家老・村井次郎衛門とのやりとりや、江戸城へ向かおうとする江戸家老・横山玄位を数馬がどうやっら足止めをしたか、など智略比べの要素も多い。加賀前田家や瀬能数馬に難癖をつけたり、邪魔をしてくる相手が、かなり権力も地位もある輩が大半であるせいなのだろうが、「剣術」ばかりではなく、相手の心理の隙をついて落とし込むところは、単純な時代小説よりも「深み」のある楽しみ方ができるシリーズですな。

【レビュアーから一言】

ようやく「留守居役」の仕事も板についてきて、加賀前田家の筆頭家老・本多家から迎えた嫁さんの琴姫との仲もうまくいきそうなところであったのだが、本多政長が江戸へ召還され、彼ととともに働くこととなった数馬には、ますます「難題」がふりかかってくるのが予想されて、気の毒ではあるが、読者にとっては楽しみも増えたというもの。女忍びの「佐奈」を慕う、武田党の残党「四郎」という新たなキャストも登場したことで、政略だけでなく、「佐奈ちゃん」ファンも、新たな期待が出てきたようですね。

分断 百万石の留守居役(十二) (講談社文庫)

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