「拡大しないこと」で生み出される成長もある ー 中村朱美「売上を減らそう」(ライツ社)

業績を上げている女性経営者の著作というのは、先だってレビューした小林せかいさんや臼井由妃さんのように、理想主義の刀を振り回さない穏やかさはあるものの、とても尖っているものが多い。
この、たった10坪、14席の食堂で、メニューはステーキ丼など3種類のみ、しかも100食売切れたら、その日は店じまいというユニークな飲食店・佰食屋の経営者・中村朱美さんが著したこの本も、前掲の本と同じように、語り口は柔らかいながらも、ビシバシと響いてくる「経営」と「働き方改革」の調和についての提案の書である。

【構成と注目ポイント】

構成は

はじめに
第1章 超ホワイト企業「佰食屋」はどのようにして生まれたのか
第2章 100食という「制約」が生んだ5つのすごいメリット
第3章 佰食屋の労働とお金のリアルな実態
第4章 売り上げを目標にしない企業は社員になにを課しているのか?
第5章 佰食屋1/2は働き方のフランチャイズへ

となっていて、冒頭の

もう「頑張れ」なんて 言いたくない。 わたしは「仕組み」で 人を幸せにしたい。

とし、

みんなが売上を追いかけて うまくいっていないのなら、 もうそれを 追いかける必要なんてない

というところに、この本を通じて流れる、一筋のメッセージが現れている。

そのきっかけとなったのは、長男が脳性まひとなり、通院治療とリハビリ生活を続ける中、そうしたら毎日笑顔で過ごせるだろう、と自分に問いかける中で、

家族と過ごす時間を、なるべく長く確保したい。晩ごはんは必ず、みんなで一緒に食べたい──。それが、わたしたちの願いになりました

という思いから、「仕事は本来、人生を豊かにするためにあるもの。仕事だけが人生ではないはずです。」という考えに行きあたったことによるらしい。
ただ、こうしたビジネスプランが最初から順風万端であったとわけではなく、融資を引き出すためのビジネスプラン・コンテストではさんざんな評価であった上に、周囲の反対を押して開業したものの売り上げ100食に遠く及ばない、といたった日々であったらしく、ここで、コンセプトを変えず、良質な牛肉でつくったステーキ丼中心のメニューも堅持し、じっと我慢してスポットライトがやってくるのを待つといったあたりは、Yahooの地域ニュースで取り上げられたというラッキーさはあるものの、著者の「ガマン」には驚くばかりである。

そして、そういう「ガマン」に支えられた頑固さがあるがゆえに、評判が上がって100人以上の客が押し寄せてくるようになっても、

わたしは、その仕事を放棄しました。つまり、「売上増」や「多店舗展開」を捨てたのです。むしろ、いまは、もう少し減らしてもいいのではないか、「3店舗で1億円ちょっと売り上げる」くらいがちょうどいいのではないか、と考えているくらい

として、

佰食屋のスタンスは、とにかく倒産さえしなければいい、会社として存続していけたらいい、

お金はあくまで、わたしたちの夢を叶えるために最低限あればいい。そして、わたしたちの夢は、「佰食屋を続けていくこと」「佰食屋が従業員一人ひとりの夢を叶えるための土台になること」

というスタンスを維持しているゆえんでもあるのだろう。

こうした店の経営に特徴的なスタンスをとることは、当然、このほかの経営スタンス、会社の運営スタンスにも現れていて、

そもそも考え直さなければならないのは、「優秀な人材」という漠然とした言葉を使っていること自体です。 「優秀な人材」って、会社の目指す方向や価値観によって当然違ってくるものじゃないですか。それをいかに適切に定義して、明確にできるかどうかは、労働者人口が不足するこれからの世の中において、とても重要なことです。  佰食屋にとって「いい人」つまり「優秀な人材」とは、真面目に業務に取り組める人、人にやさしくできる人、地道な仕事をおろそかにせず丁寧にできる人のことです。
(略)
佰食屋は売上増も多店舗展開も捨てました。ですから、佰食屋にとって、労働者市場最前線にいる彼らは「優秀な人材」ではないのです

多くの人が求めているのは、「年商数百億を稼いで、会社を成長させていく」でも「年収数千万をかせいで、立派な家と車を買い、贅沢な暮らしをする」でもありません。もっと穏やかな成功……自分が「欲しい」と思ったものを無理なくボーナスで買えたり、
ちょっとおいしいものを食べにいったり、いまの暮らしがほんの少しよくなれば、ラクになればいいな、という等身大の願いのはずです。
そんな人にとって、佰食屋の「これ以上は売らない」「これ以上は働かない」と決めるビジネスモデルは、きっと最適解なのではないでしょうか

といったあたりは、かなり挑戦的ですらありますね。

ただ、ここのところ、言われ続けている「働き方改革」が、事業者向けのものが中心で、「働く人」の働き方改革になっていないのは、本書の主張と対極にある「拡大基調」を根底においた展開であるところに、そもそもの無理があるのではないか、という気が強くなっているのである。
そして「働き方改革」に限らず、これから人口減少局面に入る我が国において

集客、人手不足、赤字、この3つの悩みに惑わされず、「安定的に低空飛行して、絶対に黒字を出す仕組み」をつくることができたら、これからの日本でも生き残れる飲食店のモデルになるのではないか、と考えたのです。

といったように、新たなビジネスモデルになりうるかもな、とも思えるである。

【レビュアーからひと言】

いろんなビジネス雑誌やビジネス・サイトでもてはやされてるこのビジネスモデルなのであるが、これが万全のものであるという保証はないし、さらには、売り切れということで閉店することのできない、例えば介護事業などにそのまま適用できるものではない。ただ、「拡張しない」が「成長する」という新しいビジネスモデルの萌芽が見えた意義は大きい。本書の最後のほうで

もしあなたが、いまの自分が置かれた状況に不満を持っているなら、これまでの自分のやり方自体を疑ってかからなければ、変化は訪れません。絶対に。
(略)
あなたを苦しめているのは、「こうしなければ」と思い込むあなた自身なのです。

というアドバイスを心において、それぞれの業種で動いてみることが一番な気がいたします。

【スポンサードリンク】

コメント

タイトルとURLをコピーしました