若き数学者の戦争を止める「戦い」が、今始まる ー 「アルキメデスの大戦 1」

戦記物というと、多くは実際の戦場を舞台にして描かれるものが多くて、それはそれで戦場における人間心理や戦争の実情といったものを表現できるのだが、反面、現場にどっぷり入ってしまっているのは否めない。
それはそれでよいのだが、では戦争のすべての側面がそこにあるかというとそうではなくて、戦争を計画した者や、戦争を続けるための装備や武器といったものを準備した層という存在もあって、そこのところも含めないと「全体像」とはいえない。
本書は高校生の投資家を描いた「インベスターZ」や落ちこぼれ高校生を東大に進学させる受験マンガ「ドラゴン桜」の作者らしくちょっと視点が通常とは変わっていて、戦艦の設計といったハードの視点から、太平洋戦争を描いた異色の戦争ものである。

始まりの舞台となるのは、昭和8年で、第1次大戦を受けて、各国で軍縮条約が結ばれ、軍艦の建造数などが制限される中、軍備が拡張されていく時代である。その中で、山本五十六の指揮する航空母艦で、艦上機の発艦に全機成功し、欧米に先駆けて「空母機動部隊配属の扉を開けた」と歓声が上がるところで、山本五十六司令官が

と発言する印象的な幕開けである。

【構成と注目ポイント】

構成は

第1話 新型戦艦建造計画
第2話 数学の天才・櫂直
第3話 海軍省
第4話 招かれざる客
第5話 波紋
第6話 戦艦の価格
第7話 戦艦「長門」
第8話 対峙

となっていて、まずは海軍省において、どういう新型艦を建造するかの海軍庄内の会議が開催されるところからスタートする。参集するメンバーは、海軍大臣・大角岑生、海軍軍令部長・島田繁太郎少将、横須賀鎮守府の司令長官・永野修身大将といったメンバーに加えて、設計をプレゼンする海軍技術研究所の平山忠道中将と艦政本部の藤岡設計主任というメンバーなんであるが、少しネタバレすると、この平山中将というのが、このシリーズの敵役で、彼の提案しようというのがあの「大和」ですね。

この平山というのが、技術力は優れているのだが、かなり曲者の人物で、この会議でひどく安価な建造費を提案してきます。いったんは、その安さと模型の見事さで

平山案に決まりそうになるのだが、巨艦主義に反対する山本五十六に頼まれた永野大将が、その建造費を検証すべきだ、と言い出します。この巨艦主義と航空母艦主義の対立は

といった感じで、日本海軍の戦術を左右する問題で、あかんり根深い対立が隠れていそうであります。

で、この検証に引っ張り出されてくるのが、東京帝大を退学し、今は浪人中の数学者の卵で本シリーズの主人公・櫂直という設定ですね。
この「櫂直」という青年は、正義感の強い人物で、軍人や軍需産業の企業人たちが好き勝手に国の金を使った上に、戦争をしかけようということに反発をもっています。

ここに、山本五十六たちがつけこんで味方に引きいれた、という段取りですね。ただ、当方的には、反対派を打倒するために、将来は自分を滅ぼしてしまうかもしれない人物を引き入れた感がしていて、さながら、中国の明王朝の末期に敵対勢力を圧倒するために、東北の蛮族をひきいれたようなものとダブってきますね。

もっとも、この櫂直は、山本五十六たちが想定していたよりもとんでもなく優秀な人物で、平山派が情報を遮断する中、盗み見た戦艦・長門の概略の設計図や、

といった風に自らが計測した「長門」の測定データをもとに、軍事機密であるのでほとんど内容がわからない平沼の設計図を再現していきます。本巻では、そのためのデータ集めに苦心惨憺するところまでで終わっているんですが、いろんな策を講じる主人公の」「不敵さ」が感じられるので、原書でそのあたりを堪能してください。

【レビュアーからひと言】

戦艦大和といえば、当時の日本海軍のシンボル的存在であるだけでなく、「宇宙戦艦ヤマト」に象徴されるように、今でも一種の「聖」的な色合いを持っているものであるのは間違いない。そんな「大和」に代表される「戦艦」たちに対して、主人公の口から

と、否定的なことを言わせているのは、かなり挑戦的といっていい。若き数学者は、戦争を止めることができるのか?

異色の戦争マンガのスタートでありますね。

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