大本営は開戦を決断。日本は真珠湾攻撃へ準備開始=三田紀房「アルキメデスの大戦」28〜29

第二次世界大戦へと進んでいく日本の運命を変えるため、その象徴となる「戦艦大和建造」の運命を変えようと、海軍に入り、内部から太平洋戦争をとめようとする天才数学者の姿を描いたシリーズ『三田紀房「アルキメデスの大戦」』シリーズの第28弾から第29弾。

あらすじと注目ポイント

前巻までで、アメリカとの和平交渉の切り札だった「新型・大和」が失火の末に判明した部材不良で「廃艦」となり和平の途がとざされてしまった櫂だったのですが、今までの開戦阻止から日本にアドバンテージのある開戦から早期和平条約締結への道筋を実現するための動きを加速していきます。

第28巻 櫂は政府と陸軍に真珠湾攻撃を了承させる

第28巻の構成は

第269話 大本営懇談会
第270話 陸軍への要請
第271話 転進
第272話 名将の条件
第273話 大東亜共栄圏
第274話 感染症対策の歴史
第275話 東條の決意
第276話 特別参謀
第277話 4月8日
第278話 巨大戦艦

となっていて、冒頭はアメリカ開戦の際の真珠湾奇襲作戦を、内閣、陸軍首脳陣、海軍首脳陣の列席する「大本営政府連絡懇談会」で急な発熱で倒れた黒沼作戦参謀に代わって説明する櫂少佐から始まります。

秘密裏に開催された日米和平協議仮調印報告会議で交渉合意について説明した近衛総理をはじめ会議の主要メンバーは、櫂に対する不信感を隠さないのですが、彼の「聞かなかれば、日本は破滅する」という挑発的な言葉に反応して、彼に説明をさせたことから櫂の術中にはまっていきます。

そして、彼の作戦計画のキモである「陸軍兵士12万人のハワイ上陸」を、当時、泥沼化していた中国戦線の膠着を打開する秘策として披瀝し、東条英機をはじめとする陸軍首脳の支持を得ようと試みます。当方としては、この「転進」作戦が劣化した形で南方戦線に適用されたのでは、と邪推するところで、櫂のアイデアは結構「悪魔の知恵」の毒性の強いものですね。

この櫂が連絡会議の承認をとっていくプレゼンの技と、櫂の提案を自らの権力拡大に結びつけていく東条英機のしたたかさは原書のほうでご確認を。

そして、会議の結果を山本司令長官に報告後、特別参謀に任じられ、真珠湾攻撃のための魚雷の改良に着手するわけですが、ここで平山造船中将の建造した「大和」に出会うわけですが、櫂の大和に関する感想はかなり辛辣です。

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第29巻 櫂の「新・大和」の勝てない「大和」の魅力とは?

第29巻の構成は

第279話 「大和」艦内にて
第280話 試し撃ち
第281話 「大和」の魔力
第282話 外務省にて
第283話 北進せよ
第284話 諜報活動
第285話 A6M2
第286話 坂巻の遺言
第287話 技術者の心

となっていて、冒頭では大和の観艦をしている櫂のもとへ、因縁の仲の平山造船中将が近づいてきます。

平山は大和の航行性能や装備を説明し、櫂へ勝利宣言をするのですが、櫂は自分の建造しようとしていた「新・大和」の性能と比べ劣っている、と平山の勝利を認めません。まあ、この二人はどこまでいっても平行線なのでしょうね。

さらに山本長官が突如言い出した「主砲発射」によって、大和の装備する18インチ砲の最大射程ではハワイ攻撃には距離が不足することに気づきます。
このせいでしょうか、実際の真珠湾攻撃では航空機による爆撃が攻撃の中心で、戦艦による砲撃は使われず、艦隊の中心は航空母艦となり「大和」は攻撃艦隊のなかに入っていないようです。

しかし、退艦する際、夕日の中に浮かぶ「大和」を見て、その美しさに驚きます。これは櫂の設計した「新・大和」のもっていないもので、残念ながら、櫂のものは「記録」は出せても「記憶」に残らない戦艦だったといわざるをえませんね。

巻の中盤ではアメリカのハワイ急襲の準備が進んでいく中、外務省の丹原と陸軍情報部の瀬島に会った櫂は、彼らから対アメリカ戦を回避する別方策である「満州国境を突破しソ連に攻め込む」というプランを教えられます。
瀬島の提案は当時同盟関係にあったナチス・ドイツを信用しないで独自路線を模索するものなのですが、これが諜報活動の激しい情勢のなかでどうなるか、というところですね。

後半部では、これからの艦載の戦闘機の主力機となる三菱重工の「ゼロ戦」の試作機が登場します。その試験飛行を見て、航空性能の高さに驚く櫂なおですが、そのエンジン出力や防弾設備の状況をみて「この「ゼロ戦」では日本は負ける」と設計者の堀越に断言します。その意味は・・というあたりは原書のほうで。

櫂の指摘する装備の不完全さは、海軍の注文通りに作らざるをえなかった受注企業の技術者としてやむなく選択したところだったのは作中にも描かれているのですが、なぜか2021年の東京オリンピックが新型コロナ禍で開催かどうか日本中が揺れたときのアスリートたちの発言を思い出しました。
(まあ、アスリートに政治的立場を聞いてはいけないというのは、ウクライナ戦役でロシア人アスリートたちが政治的な言動をしているあたりで過去の議論なのかもしれませんが)

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レビュアーの一言

第28巻の冒頭ででてくる「大本営政府連絡会議」は、司馬遼太郎さんが嫌悪した「統帥権独立」のため、天皇と陸・海軍首脳しか出席できない仕組みになった「大本営会議」の硬直化を避けるため内閣総理大臣や大蔵省、外務省の政府首脳と陸・海軍から大臣ほか参謀総長や軍令部総長の出席する、当時の実質的な日本の意思決定の最高機関です。
しかし、議長の内閣総理大臣に強い権限はなく、陸海軍同士の対立がそのまま持ち越され、さらに陸軍出身の東條内閣の時ですら、統帥部は内閣に作戦情報を出さなかったという、縦割りとセクショナリズムの見本のような組織になっていたようです。
こういった組織を上に抱いて戦争をしかけていたのですから、勝てるはずもなかったというところでしょう。

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