戦国時代の「下剋上」の典型として、堀越公方足利政知の息子・茶々丸を攻め滅ぼして「伊豆」を我が物にしたのを皮切りに、関東管領の上杉氏の家臣から小田原城を奪い取り、その後、相模国を領土とし、戦国大名の魁といわれる「北条早雲」の若き頃の姿を描く「新九郎奔る!」シリーズの第6弾。
前巻で、伊勢一族の総帥で、将軍・義政の養父として権勢をふるった叔父の伊勢貞親が失脚し、その余波を受けて父・盛定が新九郎に家督を譲ろうとしたのがそれがかえって義政に疎まれ、所領の相続は認められたものの、義政が健在なうちは任官しないと言い渡されて、失意にうちに所領の東荏原に帰還した新九郎が領国内に徐々に根を張り始める様子が描かれるのが本巻です。
構成と注目ポイント
構成は
第三十一話 一触即発 その1
第三十二話 一触即発 その2
第三十三話 一触即発 その3
第三十四話 一触即発 その4
第三十五話 宴の後 その1
第三十六話 宴の後 その2
第三十七話 宴の後 その3
となっていて、前半部分は、同じ伊勢一族で、西荏原を治める伊勢盛景の息子・盛頼と、西荏原の戸倉に居を構える鎌倉以来の名門・那須資氏との対立に、都から帰還したばかりの本シリーズの主人公・伊勢新九郎が巻き込まれていくところから開幕します。
この時代の常として、土地の所有権を公式に保証する制度が曖昧で、室町幕府に西荏原の領有を認められている伊勢盛景一族であっても。源頼朝の土地の下し文というあやしげな根拠で西荏原内の戸倉を実効支配している那須一族という図式になっていて、この図式を壊すほどの絶対権力となれなかった、室町幕府が長年にわたる戦乱ひきよせた原因でもありますね。ただ、この曖昧さの間隙をついて、後に伊勢新九郎こと北条早雲が伊豆地方を実効支配し、のちの後北条家の大領土確保へとつながったのですから、あながち悪いことともいえないかもしれません。
おまけに、この両家の対立の調停に、幕府の奉公衆である「庄」氏を引っ張り出すという荒業を新九郎は使うのですから、多重の権力が共存していたこの時代の特徴をうまく利用しているとしかいいようがないですね。このあたりの対応をさほど意識せずに繰り出してくる「伊勢新九郎」という人物は「天性の策士」であるのかもしれません。
ただ、この両家の対立を、幕府の威光をうまく利用しながら調停したことは、新九郎が思ってもみない「あまけ」を生み出すこととなります。それは、新九郎が密かに憧れている那須一族の鬼姫である「つる(弦)姫」と仲良くなれたということで、両家の「手打ちの宴席」で、男女の関係になることができます。
「つる姫」は出戻りで男勝りの女丈夫とはいえ、かなりの別嬪ですので、押しの弱い新九郎にとっては、お似合いなのかもしれません。もっとも、この時代、そういう個人の恋愛感情でうまくいくのはよほどの権勢家に限られていて、地方の一豪族で、将軍家には不興をかっている一族である新九郎は、苦い思いをすることになるのですが、ここらあたりの詳細は原書のほうでお読みくださいね。
レビュアーから一言
北条早雲の若い頃を描いた物語は、その詳細に差異はあっても、この西荏原時代、あまり良い思いをすることなく、中央政界に復帰ないしは登場することとなり、その後、姉が嫁いでいた今川家の内紛に関与する中で、関東で実権を確立してくという筋立てが多数であるので、本当はもっと「うらぶれた」青春時代であったのかもしれませんが、本書ではそこそこ明るい青春時代となってます。
駿河へ下向してからは、権謀術数にまみれた北条早雲こと伊勢新九郎にとって、案外に、この西荏原時代が純粋にあれこれ活動していた「よき時代」であったのかもしれないですね。
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