父親の借金のかたに、品川宿の料理が自慢の旅籠・紅屋に女中奉公にでた「おやす」が紅屋の料理人頭「政さん」や、同じ品川の脇本陣「百足屋」の一人娘で日本橋の薬種問屋にお嫁にいった「お小夜」たちに囲まれ、自らのとても「鼻が効く」という特技を活かしながら江戸時代には珍しい女性料理人として成長していく「お勝手のあん」の第四弾が本書『柴田よしき「あんのまごころ お勝手のあん4」(時代小説文庫)』です。
前巻で、「謎の黄色い粉」の正体が、イギリスで考案された「カレー粉」であることをつきとめた「おやす」だったのですが、今巻は、同僚「おちか」の妊娠騒動の決着をつけるとともに、お小夜さまの依頼をうけて、新しい「油料理」を考え出すこととなります。
あらすじと注目ポイント
構成は
一 本音
二 鍋がない
三 新しい味
四 幽霊の想い
五 柳の下
六 決心
七 あぶら焼き
八 女の幸せ
九 颱風
となっていて、まず冒頭のところでは、主人公「おやす」が奉公している旅籠・紅屋に押し込み入ろうとして盗賊たちの手下をしていた遊び人に誘惑されて、紅屋の防犯情報を提供されていた「おちか」の妊娠に関する話から始まります。
結局のところ、紅屋への押し込みはなく、「おちか」を手引きとして使おうとしていた遊び人の金次は行方知れずなのですが、おちかはお腹の中に金次の赤ん坊を宿していて、この子をどうするかが、今巻の一つに軸になります。
彼女の出身は西伊豆の旅館の一人娘で、継母と仲が悪くて、この紅屋に旅籠の女将になる修行にきているのですが、もしシングルマザーになることがわかれば、継母によって実家の旅籠の後継ぎから排除されてしまうことは間違いありません。さらに相手の男は「遊び」「押し込み」のために「おちか」に手を出したことは明白でおまかに行方をくらましているので、「中絶」する方向に進んでいくのですが、「おちか」はそれに踏み切れず・・といった流れです。
当時も中絶手術で命をおとす妊婦は多く、「おちか」もこれを怖がっているのでは、と思われたのですが、実はそうではなく・・といった展開ですね。弟の養育のために婚期を逸してしまった女中頭の「おしげ」や、結婚間もないころに女房と子どもを亡くしてしまった板前頭の「政吉」の想いがここに交錯していきます。
二つ目の軸は、日本橋の薬種問屋・十草屋にお嫁にいった「お小夜」さまの依頼で、彼女の旦那さんに食べさせる油をあまりつかわない「油料理」を考案するお話。「お小夜」さまの旦那さんは、食道楽の気があって、天ぷらも大好物なのですが、揚げ物は油をたくさん摂取するので食べすぎると体に悪いと心配した新妻の労りですね。ただ、この”新妻”が、典型的なお嬢様育ちで、料理はほとんどしたことがないので、彼女にもできる料理というのはかなりの難問になる、という筋立てです。
新作料理の考案にかけては、品川一なのでは、と思える「おやす」が再びアイデアを姫りだしていきます。少しネタバレをしておくと、今回は「ソテー」的な料理なのですが、1700年代に北ヨーロッパで使われていたようですが、まだ日本には普及していない、今では一般的な調理道具の考案もセットになっています。
最後のほうでは、ふたたび品川の地が災害に見舞われ、紅屋も被害にあってしまうのですが、この災害からの避難のところで、「おやす」は料理人として生きていくことを今まで以上に自覚することとなるのですが、このいきさつは原書のほうでご確認ください。
レビュアーの一言
安政の大獄や桜田門外の変、あるいは欧米諸国との開国など、政治的な動きの激しかった安政年間ですが、それに負けずに災害も多発しています。
安政二年十月にはM7クラスの大地震が南関東でおき、江戸ではこれに伴う大火事も起こっています。このへんは「お勝手のあん」シリーズでも描かれていたかと思います。
今回、後半部分で品川を襲った風水害は、安政三年(1826年)の9月23日から24日にかけて、関東地方を中心に大規模な風水害が発生し、防風と暴風雨による火事、高潮がおきたもので、死者10万人ともいわれる大災害となり、品川などの沿岸地域の建物はほとんど倒壊したり、流された船で永代橋が破壊されたり、といった大きな被害をみたらしています。
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