アルキメデスの大戦9〜11「新・大和」建造篇1=開戦阻止の決め手に「新・大和」建造が浮上する

世界大戦へと進んでいく日本の運命を変えるため、その象徴となる「戦艦大和建造」を阻止するため。海軍に入り、内部から太平洋戦争をとめようとする天才数学者の姿を描いたシリーズ『三田紀房「アルキメデスの大戦」(ヤングマガジンコミックス)』シリーズの第9弾から第11弾。

前巻までで、平山中将の大和建造計画を完全に叩き潰すため、海軍の新型戦闘機の開発を進め、海軍航空廠+三菱重工のコンビでの製造の目処をつけた櫂少佐だったのですが、久々に訪れた海軍省で、第三次海軍軍簿拡充計画が策定され軍艦製造が始まったことを知ります。これにあわせ、呉の造船所で大規模拡張が密かにおこなわれていることから、平山の大和建造計画が復活しようとしている兆しをつかんだ櫂少佐は、「大和建造阻止」に動き始めます。

あらすじと注目ポイント>開戦阻止の決め手に「新・大和」建造が浮上する

第9巻 平山中将の「大和」建造再開計画を阻止せよ

第9巻の構成は

第79話 造船船渠
第80話 スパイ容疑
第81話 櫂の狙い
第82話 1対1
第83話 確証
第84話 軍と経済
第85話 駆逐艦「吹雪」
第86話 最後の手段
第87話 最強の「大和」
第88話 消えない野望

となっていて、大和建造の準備がされている呉の造船船渠拡張の現場を秘密裏に調査するところから始まります。

ただ、海軍関係者とはいえ、許可なく軍事機密ものの船渠を調べることが許されるはずもなく、海軍の警備隊に捕まり、スパイ容疑で取り調べを受けてしまいます。

この嫌疑を逃れるために、平山中将の命令だと見え透いた嘘をつくのですが、平山中将は、この嘘を容認。自分の命令だと証言し、警備隊から櫂少佐たちを解放します。

これは彼に恩を着せるというより、大和建造の邪魔をしてくる櫂少佐に、現場で戦艦建造の必要性を説明し、彼を翻意させようという目論見です。大艦建造の公共事業としての性質や、軍艦の乗り込む兵士たちの心情を訴えるのですが、「論理機械」のような櫂には通じなかったですね。

平山中将を論破した櫂少佐は、大和再建造の証拠となる「設計図面」を提出させるのですが、これを見るなり「全然ダメ」な設計だと言い切ります。

それは現在設計されている艦の最大速力や防御設計が、今後主力となってくる航空母艦と戦闘機による攻撃に耐えられないことを指摘するものだったのですが、指摘を超えて、改善策から拡充の具体案まで喋ってしまうのが、櫂少佐の「優秀な技術者」ならではの弱点でもあります。設計図を手に入れて帰還する前に一泊した呉の宿屋で、設計図に手をいれる彼の姿にそれが現れていますね。ある意味、櫂少佐も「大和」に取り込まれようとしているのかもしれません。

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第10巻 アメリカ開戦阻止の秘策は新型の大和

第10巻の構成は

第89話 決断
第90話 腹の底
第91話 嵐の前
第92話 襲撃事件
第93話 東京からの悲報
第94話 事件の余波
第95話 新たなる決意
第96話 中国侵攻計画
第97話 大転回
第98話 二人の設計者

となっていて、平山造船中将を支持する嶋田軍令部第一部長の腹心・高任中尉による設計図すり替え工作をすり抜け、山本五十六中将のもとへ設計図を持参し、大和建造再開の動きを報告した後、陸軍の永田軍務局長に内諾をとった陸軍・海軍の戦闘機共同開発計画を提案します。

櫂は、大和建造に惹かれそうになる自分自身を牽制するため、ここで海軍から退く意思を固めているのですが、山本中将に、大事な手駒である櫂少佐を簡単に辞めさせる気がないのはご想像のとおりです。

櫂少佐が海軍退役の手土産にと考えていた戦闘機の共同開発を契機とした陸軍と海軍の軍事技術の共同化は、永田軍務局長が皇道派の青年将校によって暗殺されることにより、大きく歩みを止められることになります。将来の陸軍大臣ともいわれ、満州国独立に反対の立場であった永田の突然の死でにより、海軍を退役するつもりであった櫂少佐は、戦争阻止のため再び第一線に復帰することを決意します。

そして、陸軍内のパワーバランスの激変によって、陸軍は中国へ侵攻し、北中国の五省を中国政府から切り離し、軍事緩衝地帯をつくるという論調が主力となってきます。当然、この動きは、欧米を刺激するのは間違いなく、アメリカとの開戦が避けられなくなるのですが、主戦論の首魁である陸軍の東條少将と海軍の嶋田中将の間には、「アメリカなんて怖くない」という精神論に立脚した「楽観論」が漂ってます。ここらは、楽観的な見通しに支配されていた菅内閣末期の新型コロナ対策と同じ感じかと思います。

そして、陸・海軍の共同開発の途が頓挫し、中国への侵攻が避けられなくなったと考えた櫂少佐はいままで主張していたこととは全く逆の「大和建造」へと大きく方向を転じます。しかも、つくるのは平山中将の設計した「平山・大和」ではなく、櫂少佐が改善を加えた「櫂・大和」を自ら建造するとと平山中将達に宣言するのですが、その本心は・・という展開です。

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第11巻 「櫂・大和」のプレゼンの肝は真珠湾攻撃

第11巻の構成は

第99話 櫂の覚悟
第100話 軍人の血
第101話 海軍高等技術会議
第102話 ハワイ攻撃作戦
第103話 ただ一つの目標
第104話 分水嶺
第105話 新「大和」始動
第106話 資料室の男
第107話 桑野肇少佐
第108話 桑野の才能

となっていて、「櫂・大和」建造に踏み切る櫂少佐の目的は、今までに類をみない巨巨砲とロケット砲、ガスタービンなどの最新技術を搭載した戦艦によってアメリカにも戦艦建造に踏み切らせて開戦を遅らせ、その間に軍縮条約の再締結と平和不可侵条約の締結をして開戦を防ぐという作戦です。

「櫂・大和」建造に当たってネックとなるのは、これにより廃案となる「平山・大和」を設計した平山中将を支持する嶋田中将と、新技術が多すぎて艦隊決戦での運用の不確かさから賛否拮抗する海軍の上層部たちです。嶋田中将は山本五十六中将に牽制させて封じ込め、海軍の上層部に対しては、アメリカ戦を想定した誰もが想像していなかった奇策「ハワイ真珠湾先制攻撃」を提案し、海軍高等技術会議に出席している海軍高官の度肝を抜くことに成功し、「櫂・大和」の採択に大きく前進することとなります。

しかし、櫂少佐は新・大和建造に海軍上層部の気持ちを傾けるために提案した「軍人の性分」を刺激するプレゼンだったのですが、これは思った以上に彼らにドハマリしてしまいます。

その上、「ハワイ真珠湾先制攻撃」の障害となる参加艦艇への給油の問題も、洋上での燃料補給船のアイデアもひねりだし、海軍上層部への「開戦」意欲を高めてしまうこととなります。さらに、このプランは技術会議に出席していなかった、後に連合艦隊を率いることになる山本五十六中将の気をひいてしまったのは、良かったのか悪かったのか判断に迷うところですね。

数々の障害を乗り越えて、技術会議での賛同を得て新艦建造に向かおうとする櫂少佐だったのですが、ここで内部からの大きな抵抗にあいます。一つは、今まで超巨大戦艦建造阻止を主張してきた櫂が意見を翻したことに対する艦政本部の技術陣の反発と新技術を満載した新艦建造の失敗の責任を負いたくない艦政本部首脳陣のサボタージュです。

嶋田中将が、平山中将の反発があることを知りながら、櫂少佐の計画を認めたのは、この海軍内での抵抗によって「櫂・大和」の建造が遅延して、場合によっては失敗することを予測してのこともあったようです。軍部内の権力闘争を生き抜いてきた「タヌキ親父」の経験がフルに発揮されたところですね。

そして、これに対抗するため、櫂は新型戦闘機の開発の時と同じ戦法に出ます。海軍の艦政部内の才能はありながら、陽の目を見ることがなく冷遇されていて不満を抱える若手勢力の活用へと向かうのですが、詳細は原書のほうで。

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レビュアーの一言>「大和」の魔力が櫂少佐を取り込む

大和建造阻止の本来の目的は、日本が戦争へ向かっていくのを防ぐことであったのですが、今回は、平沢中将の「大和」建造再開計画を阻止することに気を取られて、櫂少佐が技術者、戦術家としての才能を全開させたために、補給艦と大戦艦を活用した広大な海域を使った用兵術や、太平洋戦争の大きなエポックとなった「真珠湾奇襲作戦」とか、開戦の決め手となった戦術が海軍内部の深く浸透してしまうことになります。
これも意識していうちに、「大和」の魔力に取り込まれた結果なのかもしれません。

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