戦国時代の終盤、織田信長による天下統一の動きが進む中、加賀を支配下におさめようとする戦国大名たちの攻勢をはねのけて、民が自らの意思によって政事をすすめる「民の国」をつくろうと奮戦し、その途上で倒れた、北陸加賀一向宗で最強といわれた武僧・杉浦玄任を描いた戦国エンターテインメントが本書『赤神諒「仁王の本願」(角川書店)』です。
あらすじと注目ポイント
構成は
降誕ー阿弥陀の子
第一部 本願寺の仁王
第一願 仏敵
第二願 無明
第三願 尻垂坂
第四願 松任城
第五眼 朝日山城
第二部 優曇華
第六願 越前一向一揆
第七願 民の国
第八願 法難
第九願 聖僧
第十願 入滅
回向
となっていて、冒頭で、本篇の主人公となる杉浦玄任の出生の時の様子が描かれます。それは、母親を賊に殺され、自らは本堂の阿弥陀像の膝上に乗せられた姿なのですが、この時点では母親の素性も、父親も明らかにはなりません。これが明らかになるのは物語の最後のほうで、これが意外な布石になってきますので、覚えておきましょう。
物語の最一部は、成長して巨漢の「武僧」となった玄任が、越前朝倉家の軍師兼重臣の朝倉宗滴の攻撃をうける一向一揆軍に加わって戦っているところから始まります。
当時、一向一揆側と朝倉勢とは、加賀南部の支配をめぐって激しく争っていたのですが、朝倉軍を率いる名将・朝倉宗滴の采配のもとで相当な苦戦を強いられている状況で、多くの一向門徒が討たれる大敗戦となっています。玄任も、この戦で夫婦になることを約束した女性を亡くしています。
それから12年後、この大敗ですっかり容貌も変わり、昔、「心優しき大仏」のような風貌から「怒れる仁王」となって、宿敵・朝倉勢との戦(いくさ)の中で奔走している杉浦玄任の姿が第一部の物語の中心となるのですが、一向一揆という民衆が協働して戦う、という印象とは裏腹に、大坂にある本願寺の派遣する坊官と加賀の地元を治める坊官との対立があり、その上に地元を治める坊官同士も、所領の支配権の拡大をめぐって相争っているという状況です。さらに、本家となる大坂の本願寺でも、門主の地位をめぐって二派にわかれて権力争いを繰り広げている、という状態なので、「一岩」となっているわけではないようです。
そして、玄任が奔走しているのは、宿敵・朝倉家を滅ぼすための軍を集めて、というわけではなく、加賀・越前に和平をもたらし、一向門徒たちの生命を守るために、一向一揆側と朝倉との和睦「加越和与」を実現するため、双方の陣営の仲立ちと説得をしようとして、とういうなんとも複雑な立ち廻りです。
まあ、このあたり、単純に「戦」をするより難しい案件なのですが、利害や思惑がうごめく中での玄任の動きは目を見張るものがるのですが、両者の間で合意がなり、ようやく和平が続こうか、というところで戦国時代の常として新たな敵、今回の場合は加賀へ上杉謙信軍、越前へ織田信長軍が迫ってきて、という展開となっています。
第二部は、織田信長軍によって越前が侵攻を受け、朝倉宗家が滅んだ後から始まります。越前を支配下においた後、大坂の本願寺勢や伊勢長島の一向一揆勢を圧迫する一方で、加賀へと食指を伸ばしてくる織田勢をくいとめるため、越前へ攻め入り、一向一揆勢が支配する「民の国」をつくろうとする玄任の姿が描かれます。
この時、「敵の敵は味方」のとおり、第一部では加賀の独立を守るため、激しい戦いを繰り広げていた上杉勢と手を結ぼうとするところが「戦国」らしいところですね。もっとも、上杉勢は上杉勢なりに、勢力の伸ばしてくる「織田信長」の牽制であったろうことは想像できるところです。
今回、越前にも「民の国」をつくろうと奔走する玄任なのですが、今回の場合も、織田信長という敵国の軍だけではなく、一向一揆側の武将たちの寝返りや、サボタージュ、内部の権力争いに巻き込まれ、翻弄されることとなります。
そして、圧倒的な武力を誇る織田軍の前に敗れた後、玄任を待っていたのは味方からの思ってもみない糾弾です。衆議の場での奸計に満ちた多数決で、敗戦の責任をとらされる玄任の態度は・・ということで、「民の国」実現のために、妻子や自らの欲と安寧をすてて走り回った「武僧」の最後が印象的です。
レビュアーの一言
九州の大友家を舞台にした一連の戦国ものや、信長に滅ぼされた朝倉家を支えた「酔象」こと山崎吉家を描いた「酔象の流儀 朝倉盛衰記」など、天下を制した信長や、秀吉、家康といった勝者側の目線ではなく、その陰に隠れている戦国武将の姿を描いてきた作者なのですが、今回は、信長をはじめ多くの戦国武将を悩ました、戦国期の一大宗教勢力「一向宗」のほうからの「戦国物語」が描かれています。
しかも、「民の国」として一向一揆側を単純に持ち上げるのではなく、内部の権力争いによる足の引っ張り合いや裏切りまで描いているのが特徴ですね。
「天下統一もの」にちょっと飽きてきた歴史小説ファンにおススメの一冊です。
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