ユーゴの少女と日本の高校生のビビットな出会いを内戦が引き裂く=米澤穂信「さよなら妖精」

中東では湾岸戦争でアメリカほかの多国籍軍がイラクへの攻撃を開始し、北欧ではバルト三国が独立し、ソ連邦解体の引き崖をひいた1991年の4月、日本の内陸部にある藤柴市(岐阜県の高山市がモデルになったといわれています)という人口10万程度の地方都市を舞台に、地元の進学校「藤柴高校」に通う高校生と、藤柴市にホームステイにやってきたユーゴスラビアの少女・マーヤとの交流を描いた青春ミステリが本書『米澤穂信「さよなら妖精」(創元推理文庫)』です。

あわせて、本巻は「王とサーカス」「真実の10メートル手前」でメインキャストとなる、冷たい美貌のジャーナリスト探偵・太刀洗万智の高校時代が描かれてもいます。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章
第一章 仮面と道標
 休憩と、短い会話
第二章 キメラの死
第三章 美しく燃える町
終章

となっていて、本巻のメインキャストとなるのが、日本人側が、語り部を務める、弓道部に所属している守屋路行、ワンレンの髪のやせ型の美女ながら、性格のきつい太刀洗万智、旅館「きくい」の娘でほんわかとした性格の白河いずる、弓道部仲間の文原竹彦という四人の高校生。
彼らが市内の中央を流れる跡津川にかかる「不動橋」のたもとで、大きなバッグを抱えて佇んでいる17歳の少女・マーヤと出会うところから物語は始まります。

彼女はユーゴスラビアからの留学生で、研究のために大坂に滞在している父親との約束で、藤柴市に住む知り合いのところに住んで、勉強をするという予定だったのですが、その知り合いが亡くなっていることがわかり途方にくれていたところだったのです。ここで守屋と太刀洗いが見るに見かねて、友人の白河の実家の旅館の居候兼お手伝いとして世話したことから、ユーゴスラヴィア少女と四人の高校生との、マーヤが帰国するまでの三か月間の国際交流的毎日が始まり、という筋立てです。

その様子は、守屋たちが所属する弓道部の試合の見学にやってきて、勝負だけではない「武道」というものに触れたり、藤柴市で一番大きな神社に詣でて迷子になったり、とまあ、日本のあちこちの短期留学生とその世話をすることになった学生たちの間でよくある光景が見受けられます。そして、この間に雨の中、傘をもっていながら傘をささずに奔ってくる男の謎や神社の餅をもっていく二人の男の真意、あるいは、お墓に備えられた紅白の餅菓子と花筒の片っ方だけに活けられた真っ赤なサルビアの謎といった「日常の謎」解きが挟みこまれていきます。
このあたりは、今のように海外旅行が日常化する以前の「異文化交流」の瑞々しさが漂ってきます。

そして三か月が過ぎ、マーヤの帰国が迫ってくる中、彼女の母国で紛争が勃発します。戦乱がおきる母国へ還ろうとするマーヤをなんとか翻意させようとする守屋たちなのですが・・という展開です。

そして、物語の終盤では、その後、高校を卒業し、大学へ進学した守屋たちは、高校生たちの日常に訪れた「妖精」のその後を知ることとなるのですが、その詳細は原書のほうでどうぞ。
さらに、マーヤは6つある共和国のどこの出身で、どの国に帰ろうとしているのか、というのが、最後の謎解きとなってきますね。

付け加えておくと、「王とサーカス」や「真実の10メートル手前」で見る太刀洗万智とは違って、本巻で、まだ10代の彼女は持ち前の鋭さはあるものの、図太さはまだ感じず、マーヤとの大きな秘密を抱えて悩んでいる風情です。

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レビュアーの一言

藤枝市を去るマーヤを待っているのは、チトー大統領のカリスマ性で、7つの国境、5つの民族、6つの共和国、4つの言語、3つの宗教、2つの文字が、一つの「南スラブ人の国」としてまとまり、他民族国家の象徴とも言われていた「ユーゴスラヴィア」が雲散霧消してしまう発端となった「ユーゴスラヴィア紛争」です。

藤柴市でのイベントを細かにメモする彼女の姿と、大阪で日本市場の調査をしている父親というところから、てっきりマーヤはユーゴのエージェント見習いか?といった憶測を持ったのですが、これは大人の邪推であったようです。

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