そして、Iターン移住者はいなくなった=米澤穂信「Iの悲劇」

人口減に悩むほとんどの地方都市の行政にとって、いまや移住定住政策は、観光や産業誘致とあわせて必須の行政施策となっていて、ほとんどの県や市町村の職員が智慧をしぼっています。

作中に特急列車で新潟に向かう記述があるので、北陸あたりの県と思われる、降雪地帯にある地方都市「南はかま市」の山間部にある、現在は無人となってしまった集落で展開される市長肝いりのIターンプロジェクトによる移住者の間に発生するトラブルの謎解きとそれによる悲喜劇を描いたのが本書『米澤穂信「Iの悲劇」(文春文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序章 Iの悲劇
第一章 軽い雨
第二章 浅い池
第三章 重い本
第四章 黒い網
第五章 深い沼
第六章 白い仏
終章 Iの喜劇

となっていて、舞台となるのは四つの市町村が合併してできた「南はかま市」という地方都市の、その中の山間の小さな集落「蓑石」という部落。そこは、住民が死亡したり、集落買いに引っ越したりして、家屋はまだ残っているものの無人となった集落です。南はかま市の現市長がそこの出身であったため、市の活性化を図る目玉事業として、この集落へIターン希望者を呼び込むプロジェクトが開始されたというわけです。

この市長じきじきのプロジェクトを担当するのが「甦り課」という新規組織で、ここに配属された上昇志向が強くて、プロジェクトで業績をあげ、花形部署への異動を狙っている「萬願寺邦和」がこの物語の語り手となります。しかし、他に配属されたのは、定時退社が基本で、仕事は全て部下にふる西野課長、採用2年目ながら人当たりがよくさばけてはいるのですが、ずけずけと身も蓋もない発言をする観山遊香という二人です。この二人とともに、移住者から持ち込まれるもつれた人間関係や、怪奇現象などのトラブルに巻き込まれていくのですが・・という展開です。

一話目の「軽い雨」は、Iターンプロジェクト開始前のお試しとしてやってきた、ヘリコプターを飛ばすこととクラシック演奏が趣味の久野夫婦とアウトドア志向の安久津親子の間でおきたトラブルです。

西野課長の采配で、この二組は隣り合う家屋に住むこととなったのですが、移住してから10日目、久野から、安久津親子が毎日、ビートの利いた音楽を大音量でかけ、焚火やBBQをした後の火の始末もせずにどこかにでかけてしまうので迷惑している、という苦情が持ち込まれます。

久野は自分たちがチクったとはわからないように注意してくれ、と甦り課の三人を夕食に招待するのですが、その時に、BBQのあとどこかにでかけた安久津家の家の二階のカーテンが燃える、という小火がおきます。無人の家からなぜ火がでたのか?、という謎解きですね。

謎解きのヒントは、久野家の納屋に残っていた大量の籾殻と久野のヘリコプター操縦という趣味なのですが、謎解きの発端が観山の事故報告書と西野課長の推理、というところを覚えておいてくださいね。

二話目の「浅い池」はこの蓑石の休耕田を活用して「錦鯉」養殖を起業しようとしている二十代の移住者・牧野におきた事件です。休耕田に農業用水をひいて、数十匹の鯉の稚魚を放し養殖をはじめているのですが、田んぼの四方にポールを立て、目の細かい緑のネットで覆った養殖池から鯉が3~4割いなくなってしまった、という苦情を訴えてきます。ネットはしっかりと埋めてあるので、鯉が逃げ出すことは考えられず、誰かに盗まれたのでは、という疑いをもっています。

その苦情を、西野課長からパスされた万願寺だったのですが、ちょうど新潟出張であったため、現地に出向けたのが翌日になってしまったのですが、その時には、田んぼの養殖池の鯉はすべていなくなってしまっていて・・という展開です。

錦鯉とはいっても成長前の、まだ高値にはなりそうもない稚魚ばかりなのですが、いったい誰が、何の目的で・・という謎解きです。この養殖池が休耕田利用のため浅かったことと、四方をネットで囲まれ、空いていたのは天井だけというのが謎解きのヒントとなります。

三話めの「重い本」はアマチュア歴史家で蔵書家の移住者・久保寺へ毎日のように通ってきていた移住者仲間の子供が行方不明になる事件です。その子供の家から久保寺の家までは一車線幅の道路でつながっていて、両側には休耕田が広がっていて一段低くなっています。久保寺の家の先は高さ数メートルの崖になっていて、崖の下には川が流れています。留守のため、鍵が閉まっていて玄関から入れず、入れるところを探しているうちに事故にあったのかも、と万願寺たちは村人に協力を仰ぎながら探し回るのですが見つかりません。

そんなとき、西野課長から、久保寺の家の元の持ち主は、戦争中に避難の準備をしたことでひんしゅくをかい、村人から村八分にされていた、という話を利いたことを思い出し・・という展開です。

このほか、移住者たちの親睦を深めるために開催された秋祭りのBBQでキノコ中毒がおきた事件(「黒い網」)、蓑石のある家に伝わる円空仏をめぐって、それを村の目玉にしようとする移住者・長塚と元の場所に安置しておこうとする移住者・若田の対立と、若田の家でおきた円空仏の安置してある部屋の戸が突然開かなくなる怪異の謎解き(「白い仏」)が語られます。

Bitly

レビュアーの一言

この物語では、移住者間のトラブルが一つずつ解決されていくたびに、移住者が蓑石をでていってしまい、最終的には誰も移住者がいなくなってしまう、というIターンプロジェクトとしては悲劇的な結末を迎えてしまいます。

このプロジェクトでの業績を足がかりに、出世していくことを考えていた万願寺にとっては悲しい出来事なのですが、実はそこにはある仕掛けが隠されていて・・ということで最後のどんでん返しのところまで油断せずに読んでいくことをおススメします。

特に、Iターン・Uターン行政に携わっている公務員の方々にはあちこちに、苦いエピソードがでてくるのですが、おさえておくべきミステリですよ。

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