現代からタイムスリップをしたフレンチのシェフが、織田信長の専属料理人となった上に、彼の命を受けて信長の前に立ちはだかる様々な難題を「料理」によって解決していく『梶川卓郎「信長のシェフ」(芳文社コミックス)』シリーズの第35弾。
前巻では、本能寺の変の真相をつかむため、四国の元守護・一条家で料理人となっている望月を探しに伊予まで出向いたケンだったのですが、信長を襲うのが明智光秀と知り、急遽、秀吉のもとへ向かっていきます。
あらすじと注目ポイント
第35巻の構成は
第286話 動き出す刻
第287話 次なる矢へ
第288話 イライラする男
第289話 迫撃への道筋
第290話 当主の務め
第291話 全てを見通す品
第292話 愚かな当主
第293話 明智の壁
となっていて、いよいよ信長が本能寺に入ります。この報せを受けて、明智光秀は中国出陣の準備が整ったことを信長に「閲兵」するために京へ向かうと指揮する軍勢に命じます。
このあたりは、このシリーズの芸の細かいところで、物語によってこの段階で「敵は本能寺」なんてことを口走らせるものもあるのですが、そんなことをすれば、忍を使うことでは他の有力大名に負けなかった信長の耳に入らないはずがなく、最後まで光秀が信長弑逆を部下たちに秘密にしたまま進軍したわけを示しています。
ここで物語はこの天正十年五月二十九日から遡ること9日前の五月十八日へと移ります。
毛利勢の備中高松城を取り囲む秀吉のもとへ「ケン」が駆けつけ、光秀の謀反と京へ取って返すことを進言します。疑り深い秀吉がこのあたりをすんなり信じてしまうのが、この漫画らしいところなのですが、意外に秀容のほうも光秀の反乱に何か感じていたところがあったのかもしれまでん。
このケンの進言に基づいて秀吉は「本能寺の変」の起きる前に、機内へと反転していて、これが光秀がそんなに早く秀吉が引き返せるわけがないと驚いた「中国大返し」のからくりのようですね。
さらに、ケンは信長に明智光秀の謀反の情報を秀吉とは別に届けるため、二重三重の策を講じていきます。毛利に潜伏していた忍びの「楓」に報せに向かわせるとともに、献上品によって伝えるために「雉肉のハムと鯉のハム」をもたせます。これがどんな意味をもっているかは原書で確認してくださいね。
そして畿内向けの手を打ったところで、後詰として残った黒田官兵衛とともに、毛利勢との和睦交渉を進めていくこととなります。
毛利勢は今回の戦を織田との決戦と考えていて、毛利家の主だった人々、当主の毛利輝元、小早川隆景、吉川元春が参陣しています。ただ、その人間関係をみると、祖父・毛利輝元、父・毛利隆元にくらば凡将といわれた輝元、主戦派の元春、交易重視の和平派の隆景とその勢力図は複雑にからみあっています。さらに毛利本家をいただく国人衆も、朝倉・浅井、武田を降し、本願寺勢力を退けた織田軍の勢いをみて、すべての国人衆が毛利家一辺倒というわけではなくなっています。ここらが、近代的な軍制を確立し、信長一極集中の権力体制を築いた織田家と、未だ中世的な諸侯連合を脱し切れていない毛利勢との違いですね。
さらに本願寺への救援費用や九州の大友、四国の長宗我部、そして畿内の織田との長引く戦乱で財政のほうも火の車で、この毛利家の隠れた窮状を見抜いていた「ケン」は、それを踏まえた和睦の提案を、和睦交渉の行われる船上での「弁当」に表現してみせます。この詳細は、ぜひ原書のほうで確認してくださいね。
この後、毛利との和睦交渉をまとめ、ケンは秀吉や楓のあとを追って畿内へと向かうのですが、ここからの展開は次巻で。
レビュアーからの一言
秀吉軍と毛利軍との和睦の下地のなったのが、毛利家の財政難なのですが、これは石山本願寺が信長に屈したことで、それまで半ば独占していた瀬戸内海の交易により利益が大きく減少したことと、石見銀山から生み出される銀の世界的価値が、当時スペイン領であった南米で大量の銀が算出され始めたことで下落し始めたことによるのではないでしょうか。このため、硝石といった輸入品も高騰し、毛利家の財政を圧迫していったものと考えられます。
その意味で、信長の考えていた、海外の交易港を押さえ、日本を海洋貿易国家に変えるという構想の「利」に気づいていたら、毛利の動きも変わっていたのかもしれません。
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