法医学教室の二人は誘拐された少女の復讐にでくわすー「暁天の星 鬼籍通覧1」

「検屍官ケイ」が活躍する、1900年代に大人気となったパトリシア・コーンウェルの「検屍官」シリーズを皮切りに、犯罪捜査の縁の下の力持ちである「検死」や「鑑識」に従事する人々を主人公にした「法医学」ミステリーや「鑑識」ミステリーは名作が数多く生まれているのですが、上野正彦教授の「死体は語る」という法医学ノンフィクションで、法医学という学問が日本で注目されじめた頃、実際に検死に携わっている医師によって、「法医学教室」を舞台に、そこに勤務する女性医師とチャラい印象の大学院生を主人公に描かれた「法医学ミステリー」が「鬼籍通覧」シリーズ。

もともとは1999年に講談社ノベルスとして刊行されていたものを設定や風俗が古びたところをリライトしたこのシリーズの第一巻が本書『椹野道流「暁天の星 鬼籍通覧1」(講談社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

一章 僕はそれがとても不思議だった
 間奏 飯食う人々 その一
二章 好奇心は猫を殺すか
 間奏 飯食う人々 その二
三章 もう青い鳥は飛ばない
 間奏 飯食う人々 その三
四章 果てしない束の間を求めて
 間奏 飯食う人々 その四
五章 君に会いにゆくよ
新装版によせて

となっていて、本シリーズのメインキャストとなるのは、大阪府T市のO医科大学の法医学教室に勤務する茶髪で目と口の大きいトトロをほっそりとさせたような女性医師・伏野ミチルと、臨床経験のほとんどない、ひょろ長い長身で、ビジュアルなロックミュージシャン風の大学院の一回生・伊月崇、伊月の小学校時代の同級生でがっしりとした体型にセサミストリートのマペット似の顔ののっかった刑事課の若手刑事・筧兼継というメンバーです。

この三人が、法医学教室に持ち込まれた死体の検案を通じて、その死因を探り出し、さらにはその死に隠されていた事件を嗅ぎ出し、ついでに怪異に巻き込まれるという、ミックスグリル的なミステリーとなってます。

まず今巻では、シリーズ最初とあって、伊月の「初解剖」「初検死」から始まります。検死する事件は、些細なことから関節リウマチでほぼ寝たきりになっている妻を、口論となってかっとなった夫が馬乗りになって、近くにある帯紐で首を締めて殺してしまった、というもの。夫も自分の犯行であることを自白して、さらに長い間の介護で夫が精神的に疲弊していたこともわかり、衝動的な犯行と思われたのですが、絞殺した紐が「二重結び」になっていたことや、紐がよれよれになっていて片っぽだけ湿っていて血がついていることに疑念をもち・・といった筋立てです。少しネタバレすると、この事件は「自殺」なのですが、その方法が「ほぅ」という意表をついたやり方なのと、夫が自分の犯行だと自首した理由がなんとも「情けない」事件です。

で、本命の事件は第二章から始まります。まず内科医院で事務をしている24歳の女性が、帰宅途中に、通勤駅で後ろ向きに線路に倒れ込んで通過する快速電車に轢かれて死亡するという事件がおきます。彼女は、ホームの停止線の端にぼぅっと電車を待っていたらしいのですが、じりじりと後退し、最後は突き飛ばされたみたいに勢いよく電車に向けて倒れ込んだということなのですが、突き飛ばすような人物は周りに誰もいなかった、という状況です。通常、後ろ向きに電車に飛び込む自殺はないのですが・・という筋立てです。飛び込む前、「痛っ」と悲鳴をあげて振り向き、凄く驚いた様子でそのまま後ろずさりし、その間「どうして今さら」とか「私は何も」とつぶやいていたようなのですが、これがこの事件の謎解きのヒントになっていきます。

第二の事件の犠牲者はコンピュータプログラマをしている、これまた24歳の女性。この女性が休日に自宅近くの英会話教室に行く途中で、突然車道に飛び出し、乗用車にぶつかり、対向車線にはね飛ばされ、さらにトラックにはねられて死亡したというもの。検死の要請は、どちらの車にはねられたのが致命傷だったのか、ということだったのですが、事故当時、被害者が歩行中に急に悲鳴をあげてうずくまり、そして怯えたように「嘘」とか「何で今なの」と錯乱状態になって、訳のわからないことを言いながら車道へ飛び出した、ということがわかります。
さらに、第一の事件の被害者と同じように、左手の中指と薬指の付け根のあいだに直径3ミリほどの青黒い痣と、左耳のすぐ上の頭髪が一掴みごっそりと抜け落ちている、というのが双方の事件のつながりを暗示しています。

そして、筧刑事が自分の小学校の頃に、変質者に女の子4人が一緒に誘拐され、そのうちの3人犯人から解放されて、無事に生還したのですが、残り一人の女の子がそのまま行方不明のままの事件がおきていたことを思い出します。捜査してみると、今回の被害者の女性二人がその誘拐事件の被害者であることが判明し、その上に、生還した女の子が親にも打ち明けられない秘密を共有していたこともわかります。

三人は生還した女の子たちの最後の一人、行方不明のままの女の子の双子の姉を訪ねます。そこで女の子三人だけが生還できた理由を聞かされるのですが・・といった展開です。このときに、双子の姉は、第一・第二の事件の犯人は、その双子の妹だと主張するのですが、そんな彼女もその夜、心不全で死亡するのですが、左側の頭部の髪が一束抜けていることがわかります。

さらに、この後、近くのダムで毛布に包まれ、屍蝋化した少女の死体が発見されるのですが、彼女の右腕に握られていたものはなんと・・、といった感じで締めは「ホラー」仕立てで、一冊でミステリーからホラーまで楽しめるオトクな仕立てになっています。

Bitly

レビュアーから一言

このシリーズは、筆者が執筆当時、実際に「法医学教室」で勤務していたため、検死や解剖の描写がとても「濃い」なと思えるところが随所に出てきます。例えば

解剖に要する次巻を左右するもっとも大きな要素は、外表所見の多さである。
たとえば、交通事故やメッタ刺しの症例は、外表に損傷が多いため、それをいちいち計測、観察、写真撮影していると、非常に時間がかかってしまう。更に、解剖に移っても、外表損傷のそれぞれが、体内でどのようになっているかを追跡していかなくてはならないので、通常の解剖よりずっと手間入りなのだ。

ってなところは、実際に解剖で時間を費やした人でないと書けないところではないでしょうか。

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