【書評】東大寺の大仏建立現場で起きる事件を料理人が解決する=澤田瞳子「与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記」

今を遡ること、およそ1200年前、奈良時代を誇る一大事業であった東大寺の大仏建立が進められる中、現在の滋賀県である近江国高島郡角野郷から挑発されて平城京に連れてこられた農民「真楯」を語り手にして、作業場に渦巻く複雑な人間模様と、彼らの間に起こる事件を、食事を提供する「炊屋」の料理人・宮麻呂が解決していく、時代小説ミステリーが本書『澤田瞳子「与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記」(光文社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

収録は

「山を削りて」
「与楽の飯」
「みちの奥」
「媼の柿」
「巨仏の涙」
「一字一仏」
「鬼哭の花」

となっていて、舞台は当時の天皇である首天皇(聖武天皇」が発願した大仏が建立されている最中の、平城京の東大寺の作業場です。

ここに近江国高島郡角野郷から挑発されてきた農民「真楯」が、美濃からきた「鮠人」、石見からきた「小刀良」とともに、大仏建立を行っている「像仏所」に配属されるところから始まります。

東大寺の建立には、大仏の鋳造だけでなく、寺の建設、木工、写経、仏画作成といった様々な仕事をする作業場があるのですが、外作業な上に、鋳造という危険な業務にも従事する「造仏所」が一番キツイ仕事場で、皆が敬遠するところです。

ここに配属が決まった真楯も気が塞ぐばまりなのですが、これが偶然、東大寺建立の作業場で提供している「炊屋」の中で一番旨いといわれている宮麻呂の「炊屋」で飯を食う機会を得ることとなり・・という展開です。

この宮麻呂という料理人は、出自には秘密を抱えているようなのですが、作業員に旨い飯を食わせることを生きがいにしているような男で、一食につき四合の米とひきかえに配給の食糧だけでなく、自ら調達してきた食材を使って、「庶民の美味」を提供してくれています。

この宮麻呂の「炊屋」に毎日通って馴染みとなった真楯は、いつの間にか、作業場でおきる揉め事の調査や事件の解決を目立たぬように行っている宮麻呂の手伝いをするようになり・・といった筋立てとなっています。

まず第一話の「山を削りて」では、「舎薩」という奴婢の少年が、大仏の台座の外型を砕いて、その欠片を盗み出すという悪事を働くのですが、およそ売り物にならないと思われるものを盗み出した「舎薩」の目的は、大仏建立の重労働で体を壊して寝込んでいる、故郷を遠く離れて徴発されてきた一人の男の最後の望みを叶えてやることで、それには男の念持仏であった錫の仏が関係していたのですが・・という展開です。

二話目の「与楽の飯」では、宮麻呂で「炊屋」で、大仏建立の寄付金を全国から集めてきた僧侶・行基の弟子たちに、鰹の煮汁をとろりとなるまで煮詰めた旨味調味料である「堅魚の煎汁」を入れた料理を供したという疑いがかけられます。

下手をすると、炊屋閉鎖の処分を受ける可能性すらあり、この濡れ衣を晴らすため、その嘘の密告をしたと思われる、造瓦所炊屋の料理人・秦緒のところへ、宮麻呂の炊飯所の手伝いをしている「牟須女」と「真楯」は乗り込みます。そこで、あくまで「堅魚の煎汁」を使わない限り、あの旨味はでない、といいたてる秦緒に対し、宮麻呂が語った、彼の秘密の調味料とは、といった展開です。

このほか、陸奥の奥からやってきた田舎者ということで鋳造用の棹銅の横流しの濡れ衣を着せられそうになっている男を救う過程で、宮麻呂の陸奥との関係がわかってくる「みちの奥」や、真楯と一緒に作業をしていた「小刀良」の脱走騒ぎに関連して、本当の棹銅盗人を見つけ出していく「「巨仏の涙」など、奈良期の一大国家プロジェクトであった「大仏建立」に関わった庶民の悲喜こもごもと、その建立現場でおきる事件の謎解きが描かれています。

レビュアーの一言

物語りの読みどころは、もちろん、造仏所の炊屋の料理人・宮麻呂の名推理なのですが、それとあわせて彼が調理する旨そうな「飯」が隠された「売り」ですね。

例えば第一話の「山を削りて」の真楯が初めて造仏所にやってきて、宮麻呂の炊屋で飯を食わせてもらうくだりでは

ひと抱えもある甑の蓋を言われるがままに開ければ、赤米や稗混じりの飯が白い湯気を吹き上げている。
(なんだ、雑飯か)
ここは、天下の造仏所。きっと真っ白な飯が食えると思い込んでいただけに、少しあてが外れた気分で飯を盛る。さりながらなみなみと注がれた汁を一口すするなり、真楯は思わず、
「うまいッ」
と大声を上げた。干した茸と青菜が入っただけの塩汁・・・。手でちぎったのか、菜も茸も大きさこそばらばらで見栄えはぜぬが、茸の風味が濃厚で、驚くほど滋味に満ちた汁であった。

といった感じです。こんなのが他の物語でもあちこちに散りばめられているので、宮麻呂の推理とともに楽しんでくださいね。

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