「天下統一」は「武力」と「茶道」で成し遂げられた=伊東潤「天下人の茶」「茶聖」

戦国末期から安土桃山時代にかけて、武将や豪商たちの間で爆発的に流行し、今でも日本文化の「粋」といわれる「茶道」。この時期、茶の宗匠としてだけではなく、織田信長や豊臣秀吉政権の相談役として、武器の調達や政策にまで関与していたのが、今井宗久、津田宗及、千利休の「天下三宗匠」といわれた人物たち。

なかでも、千利休は織田信長、豊臣秀吉に仕え、「侘茶」を創り上げるとともに、茶道を政治に利用する「御茶湯御政道」の中心人物として、大きな影響力を有しながら、秀吉に突然切腹を命じられた「悲劇の茶人」としても有名です。

その千利休を中心とする戦国末期から安土桃山の「茶人」たちを描き、政治と密接不可分だった当時の「茶の湯」を描くのが、本書『伊東潤「天下人の茶」(文春文庫)』『伊東潤「茶聖」(幻冬舎時代小説文庫)』です。

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あらすじと注目ポイント

「天下人の茶」=天下統一は「武力」と「茶道」で成し遂げられた

構成は

天下人の茶 第一部
奇道なり兵部
過ぎたる人
ひつみて候
利休形
天下人の茶 第二部

となっていて、今巻は、千利休と豊臣秀吉の「天下」をめぐっての二人の「戦」ともいえる物語となる「茶聖」の前段としての位置づけと考えておけばよいでしょう。

まず第一話の「天下人の茶 第一部」では、領地や金銭のかわりに茶道具を戦の恩賞として使おうとしたり、大陸に攻め込み、主要港をおさえて貿易を独占する企みを語る織田信長とそれを聞く豊臣秀吉と明智光秀が描かれます。信長の話に驚きながらもなんとか理解しようとする秀吉と、反対するばかりの光秀の態度の違いに、後の「本能寺の変」の先駆けを見る気がします。
ここで注目しておきたいのは信長の「征明」が、面として大陸を支配するのではなく、あくまで貿易の拠点となる「港」の掌握というところですね。このへんが、秀吉の「唐入り」や、もっと後の日本陸軍の大陸進出とおおきく違うところですね。

第二話の「奇道なり兵部」は秀吉がおこした朝鮮の役で渡海した加藤清正軍の一将・牧村兵部の「茶器漁り」が描かれます。利休に「茶の道」を教わりながら、それを忠実になどるだけのため、「己の侘びが見つけられていない」と、才能のなさを指摘された武家茶人が、自らの「傍流」へと押し流されてきた半生をばねに「奇道」に己の「侘び」を見つけていくのですが、それは同時に彼の運命を「傍流」へとさらに流していくことにつながり・・といった展開です。

第三話の「過ぎたる人」は豊臣秀吉の探索方を長く務めてきた瀬田掃部という茶杓づくりの名人の武将が主人公です。利休が自害して果てる数日前に。「老害の排除」を示唆された彼は、秀吉に嫡男が産まれたことにより廃嫡が現実のものとなってきた関白・秀次のとともに秀吉暗殺計画をたてます。しかし、秀吉に対面するときには寸鉄も帯びることも許されず、事前にしっかりと身辺を調べられます。掃部は、茶室で秀吉、秀次と三人切がとなる時がチャンスと考えて、その機会を狙うのですが、秀吉側近の石田三成の厳しい監視で、茶室にもって入れるのは茶道具だけで・・という展開です。

このほか、千利休の後継者として、新たな天下人となった徳川家康の茶の宗匠となった古田織部と、彼からその座を奪おうとする小堀遠州を描いた「ひつみて候」、千利休が切腹に至った真相が蒲生氏郷と細川忠興との間で語られる「利休形」、信長の天下統一が成ろうとしたときに彼の野望をくじいた「本能寺の変」の首謀者とその後の秀吉と利休との密約と政治的な闘争が描かれる「天下人の茶 第二部」が収録されています。

「茶聖」=天下統一の「影」を担った茶人・千利休と秀吉はかく「戦った」

構成は

プロローグ
第一章 覇者
第二章 蜜月
第三章 相克
第四章 聖俗
第五章 静謐

となっていて、まず第一章は、天下統一を目前にしながら、織田信長とその後継者・信忠が本能寺の変で明智光秀に斃された後の対処策を、堺の今井宗久の屋敷内で今井宗久、津田宗及、千宗易が話し合っているところから始まります。歴史の表舞台では、すでに豊臣秀吉の大返しの準備が始まっているころなのでしょうが、その帰趨はまだわからない段階です。天下が誰の手に落ちるかわからない状況で、 織田政権にがっちり食い込んでいた堺の豪商兼茶の宗匠たちが今後の情勢を見極めているのですが、ここで、千宗易こと千利休が、ほかの二人とは違って、織田信長の「影」として、彼の天下統一後の施策づくりの一端を担っていたことがわかります。このあたりで、信長の「御茶湯御政道」や茶器の名物を集めた理由がわかってきます。

そして、天下統治の「影」としての役割は、秀吉が政権を引き継いでからも継続し・・という展開ですね。さすが秀吉も人の才能を見抜く目は確かだったようです。明智光秀を破り、柴田勝家などのほかの織田の有力武将を屈服させていく、秀吉の天下統一の動きと呼応するように、利休は「侘び茶」を創り上げ、秀吉の統治の「文」の部分を担っていくこととなります。

しかし、物事が完成しそうになるあたりから不具合がでてくるのが世の常で、第三章で、秀吉が黄金の茶室をつくり、キリスト教の禁教を開始したあたりから、彼の方向性と利休の方向性とのほころびが目立ってきます。さらに、ここに秀吉の忠実な「官吏」であった石田三成が絡んできますので、まずますその溝が深まっていって、という筋立てですね。

それでも、利休は、第三章の後半から第四章で語られる、徳川家康の上洛や北条討伐に至るあたりまで、「天下静謐」という一応の二人の共通目的のために裏の調整を担っていくのですが、秀吉の天下統一が完成に近づき始めたころに、秀吉の弟・秀長が没し、「唐入り」が具体化してくる段階に至って、その考えの相違は目立って明らかになり・・という展開です。

千利休を、信長、秀吉という二大天下人の「影」として、彼らとともに天下統一を進めた「茶人」という新しい視点で描いた大作をお楽しみください。

レビュアーの一言

連歌や華道、演能といったこの時代に隆盛を迎えた芸樹はほかにもあるのですが、「茶」ほど、芸術という側面だけではなく、大名たちと密接に結びつき、戦国時代の政治に影響を及ぼした芸術はないでしょうね。
ここには、戦の恩賞として、領地や金銭ではなく、「茶の名器」を与えるというシステムを生み出したり、「茶の湯」を様々な謀議の隠れ蓑に使った織田信長のアイデアが大きく影響していると思われます。「第六天魔王」「暴君」という側面だけでは捉えきれない「信長像」もこのシリーズで読み取れるような気がします。

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