「長篠」の後、滅びゆく武田勝頼とそれに殉じた後北条の姫「桂」の物語=伊東潤「武田家滅亡」

「長篠の合戦」の「設楽原の戦い」で、織田・徳川連合軍の敷いた三重柵の鉄砲陣の前に、最強といわれた武田の騎馬軍団が崩れ去り、信玄を支えた宿老たちを犠牲にして、甲斐へと退いた武田勝頼なのですが、その後、態勢を整え再起を図ろうとするも、織田勢の前に滅亡の道をたどってしまったのは、数々の歴史ドラマでとりあげられているのですが、その多くは信玄時代の威勢を食いつぶして名門・武田宗家を潰してしまった暗愚の武将として描かれるのが常。

そんな、ありきたりの武田勝頼像に対して、武田の旧勢力と新興勢力の権力争いの渦中で消耗し、武田再興のため様々な手を講じながら時代の渦に呑み込まれていった、心優しい不運の武将として、彼に関東の雄・御北条家から嫁いだ姫君・桂の視点から描いたのが本書『伊東潤「武田家滅亡」(角川文庫)』です。

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あらすじと注目ポイント

構成は

晴雪玲瓏
春嵐縹渺
南瞑蒼茫
有情非情
曙色朦朧
落涙闌干
槿花一朝

となっていて、冒頭は小田原の後北条家から、四代当主・氏政の妹「桂」が、甲斐の武田勝頼に輿入れするところから始まります。

後北条家と武田家との関係は、武田信玄が、後北条、今川、武田の間で結ばれてた甲相駿三国同盟を今川義元が桶狭間で横死したのを好機として破棄し、駿河に攻め込んだことから対立が続いていたのですが、永禄十二年に信玄が武蔵・相模に侵攻し領国の大半を焦土とされたことから、現当主・氏政が謙信との同盟を破棄し、信玄との再同盟に踏み切り、その証としての武田勝頼と桂姫との婚姻です。今まで宿敵だった家へ嫁ぐのですから、何か事があれば死もありえるうえに、平時でも武田家の内情を後北条家へ流すことが求められる諜報戦ともいえる政略結婚ですね。

さらに、勝頼には「信勝」という将来、武田家を継ぐこととなっている息子がいる、という状況で、家中は、勝頼と彼の側近・長坂釣閑が実権を握っているとはいえ、長篠の生き残りの宿老はまだ残っている上に、穴山武田家などの親類衆は叛意を抱えています。さらに、側近の釣閑も、勝頼大事というより、己の権勢拡大と利殖に熱心で、といった感じであちことに地雷が埋まっていて、彼女がこれから苦労するであろうことは明らかですね。

物語の最初のほうは様々な地雷が埋まっているものの互いに信頼を築き合っていく勝頼と桂姫、という感じでほのぼのムードが漂うのですが、前作でもメイインキャストの一人として登場した、伊那谷の地侍・宮下帯刀が、当目の片切監物に従って、遠江の「高天神城」の守備に動員されるところから、いよいよ武田家の本格的な滅亡劇が始まり、ここから、物語は勝頼たち武田家首脳陣と勝頼の妻となったものの武田方と後北条方の狭間で苦悩する「桂」、帯刀たち武田家の前線を受け持たされる下層武士たちの二筋で展開されていきます。

当時、武田家は長篠の敗戦で多くの宿老や兵を失った後、それまでの拡大膨張路線から、領内を固め、産業を振興するという路線への転換を進めていて、信玄以来の城を持たない方針を転換した悪手といわれた韮崎への新府城築城も、防衛拠点の整備と併せて、商業・貿易の拠点をつくるという目的も秘めていたようですね、

この策がうまく進んでいれば、京に御旗を立てるという信玄の夢は無理としても、織田・徳川に対抗する一大勢力として生き残ることは可能であったと思われるのですが、金脈の枯渇による財政難(と自らの儲け)をなんとかしようとする高坂釣閑たちの北条領の伊豆の金山獲得の謀みと、上杉謙信の急死による上杉家のお家騒動で、長尾景虎を見捨てたという悪手によって、じわじわと織田・徳川の侵略の手が武田領内へと及んできます。

このへんでは、上杉謙信の養子となり、後北条家との盟約を固めていく予定であった北条三郎こと上杉景虎の無念の戦死と、実家の兄・氏政と夫・勝頼の裏切りに翻弄される「桂」の姿が悲しいですね。

ちなみに、彼女の妹「鶴」も房総の里見家に嫁いでいるのですが、残念ながら、三郎、桂、鶴の三人の兄妹は、後北条と上杉、里見を繋ぐかすがいにはなれなかったと評価しなければならないですね。

そして、織田・徳川の侵攻の流れは、木曽勢の裏切りという堤に空いた一穴から奔流となって流れ込んできて・・という展開です。巻の後半部分からは、高天神城を落とされ、武田領内に逃げ帰った帯刀と四郎左が織田勢に押しまくられ、追われる勝頼の護衛の加わり、武田の高位の武将たちの裏切りが相次ぐ中、勝頼を見捨てなかった「甲斐の武士(もののふ)」の意気地を見せてくれるのですが、詳細は原書のほうで。

レビュアーの一言

本書は、武田方から見た「長篠」の後、ということで、後北条家の人物は登場するのですが、織田方や徳川方の武将はほとんと登場せず、主要なキャストは、武田の宿老・春日虎綱に師事し、釣閑の陰謀を暴こうとして失敗し追放された若侍を操って、武田家中に罠をしかける本多正信ぐらいです。

このあたりは、どうしても武田目線の物語となるので、井原忠政さんの「三河雑兵心得」シリーズの「弓組寄騎仁義」「砦番仁義」「鉄砲大将仁義」と一緒に読むとバランスがとれるかもしれません。

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