「自己限定」を取り払えば、大概のことはできるものらしい

田坂広志氏の「知性を磨く」は先だってレビューしたところ(スペシャリスト偏重の風潮に物言いをつける — 田坂広志「知性を磨くー「スーパージェネラリスト」の時代」(光文社新書))なのだが、そこで、盛り込めずに、そのまま気になっているところがある。
それは「自己限定」ということ。
で、「知性を磨く」から、「自己限定」に関連したところを引用すると
「人間は、歳を重ねると、肉体だけでなく、精神もエネルギーが衰えていく・・・」
我々は、意識と無意識の境界で、このような「固定観念」を抱いている。
しかし、実は、それは、「思い込み」と呼ぶべき「固定観念」にすぎない。
我々が意識と無意識の境界で抱いている「人間の精神は、歳を重ねると、しなやかさや、軽やかさを失っていく」という強固な「固定観念」によって、実際に、我々の精神は、歳を重ねるに従って、しなやかさや、軽やかさを失っていく
あるいは
「七つのレベルの思考」(「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「技術」「人間力」を身につけるのは、実は、それほど、難しくない。
ただ一つのことを行うだけで、この「七つのレベルの思考」が、身につき始める。
何か?しかし、こう述べると、読者から、疑問の声が挙がるかもしれない。
「自己限定」を捨てる。
我々は、無意識に、自分の志向を、自分が得意だと思っている「思考のレベル」に限定してしまう。そして、その「自己限定」のために、自分の中に眠る「可能性」を開花させることができないで終わってしまう。
といったあたり。当方のように定年が近くなると、様々なリミッターがあちらこちらに出没してくるのが事実。
とりわけ、強敵のリミッターは「年齢(とし)なので」ということと、本書でも取り上げられている「自分はもともと〇〇屋だから」といったところで、この本のアドバイスは、できるできないにかかわらず、とても嬉しいアドバイスである。
もちろん、リミッターを外すための方法論は別途あるのだろうが、一番大事なのは、本書によれば、「心の持ち方」であるように当方は受け取った。というのも、多くのリミッターは、自分自身が傷つくのが怖くて自ら減速してしまったり、自分の能力を「〇〇屋」ということで定義づけして、走ることを事前に回避することであるように思うのである。
年齢のせいにせず、まず走れ、ということでありますかな。





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です