極度に「東京的」な懐かしい味は、今、滅びつつあるのかもしれない — 町中華探検隊「町中華とは何か 昭和の味を食べに行こう」(立東舎)

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グルメ・リポートというと「豪華」路線か「ヘルシー」路線か、といったところが最近の定番であるような気がするが、そのどちらからも離れたところにいるのが、「町」の「中華料理」「中華屋」というものであろう。
 
本書の構成は
 
プロローグ・・下関マグロ
1 われら町中華探検隊
2 飛び出せ!町中華探検隊
3 これが町中華だ
4 炎の町中華
5 鼎談 改めて町中華ってなんだろう
エピローグ・・北尾トロ
 
となっていて、我々のごく身近ありながら、なんとも掴みどころのない存在である「町中華」についてのルポである。
ただ、いわゆる「B級グルメ」とかのグルメリポートの中華版と勘違いはしてほしくない。もちろん、東中野駅前の「大盛軒」の
 
こちらの名物が〝鉄板麺〟というメニュー。二人ともそれをいただいた。肉と野菜を炒めたものが鉄板鍋にのっかってて、ジュージュー湯気を立ち上げながら出てくる。これに半ラーメンとご飯、生卵がセットになっているのが鉄板麺だ。生卵は、肉野菜の中心に割り入れる。ニンニクのチップがついてくるので、それもかけて、最後にタバスコをかけていただく。
 
や、下北沢の「中華丸長」の
 
レバニラ炒めは、たいていの店では全食材をまとめて調理するが、そうすると野菜から出た水分がレバの生臭さを誘発したりする。レバ嫌いの人たちは、こういうのを嫌いがちだ。ところが『中華丸長』のレバニラ炒めは、炒めたニラとモヤシの上に、別途に調理されたであろうレバがのせられていた。レバはカラッと揚げられていて香ばしく、生臭みなんて全然ない。これならレバ嫌いでもおいしく食べられそうだ。
 
といった、野蛮な食欲をそそる、グルメ・レポート的なところがないわけではないのだが、本書の基本のところは、あの店の〇〇が絶品で云々というところがメインではなくて、「町中華という文化」あるいは「町中華という都市現象」の記録といったところであろう。それは、
 
「昭和以前から営業し、一〇〇〇円以内で満腹になれる庶民的な中華店。単品料理主体や、ラーメンなどに特化した専門店と異なり、麺類、飯類、定食など多彩な味を提供する。カレーやカツ丼、オムライスを備える店も。大規模チェーン店と違ってマニュアルは存在せず、店主の人柄や味の傾向もはっきりあらわれる」
 
という北尾トロ氏の「町中華」の定義にも現れていて、戦前から、戦後、高度成長期、バブル期、そして、リーマンショック後の失われた「20年」の時代までの長い期間、日本の、けして豊かではない庶民階級の満腹感とささやかな贅沢感を満たしてきた、庶民の「混沌」の「食」の文化史ともいってもよい。
 
そういえば、当方の「学生時代」も百円玉数枚で食せるが、けして飛び上がるほど美味ではない「中華屋」がアパートや大学の近くのあちこちにあって、三食(「朝・昼・夜」ではなくて「昼・夜・深夜」)のほとんどを、この類の店で食していたような気がする。当時の当方の身体は、「町中華」の麺と餃子と飯でできていたようなものであったのだな、とあらためて述懐する。
 
ちょっと注意しておきたいのは、このいかにも「昭和的な食文化史」は、当方的には、「都会的」しかも極度に「東京的」なものである、という印象が強くて、東京圏を離れた「地方都市」の住民からは、一種の憧れを持って語られるものであったり、いつか過ごすであろう「東京の」学生生活のシンボルとして語られるもので、けして全国共通のものではないというところかな。
 
とはいうものの、この「町中華」が「減ってきている。・・・このままでは、町中華はいずれ絶滅危惧種になるに違いない」ということは、いわゆる「団塊の世代」の前後を中心とする日本の上昇期を支えた人口ボリュームが大きい層の「思い出」が消えつつある、といってよく、町中華の衰退は、「団塊の世代」から「ミレニアム世代」への世代交代を象徴しているものでもあるのだろう。
 
といったところはあるのだが、本書の「読みどころ」は
 
食べた瞬間に「あ、うまい」と思わされるレベルの料理には割と出くわすんだけど、脳にしっかり刻まれて「また行きたい」と思わされるほどの美味に出会えるチャンスとなると皆無に近いのだ。店を出て数分すると「あれ?どんな味だったっけ?」となり、生活圏内にある店とかでもない限り、再来店する可能性は極めて低い。町中華メニューのうまさというのは、あくまでも〝並レベルのうまさ〟なのである。決してまずくはないけど、絶賛するほどうまいわけでもない。端的に言うなら、可もなく不可もない。これが町中華なのだ。
 
といった町中華の味のごとく、まだ存在する「町中華」を愛し、食し続ける筆者たちの姿に、若い頃の中高年世代の思い出を重ねつつ、「懐かし」の味を思い出す、あるいは「昭和の味」を想像するところにある。
 
その時代を生きた人もそうでない人も、「町中華」の、ラップの裏に水滴のいっぱいついた、餃子とラーメンの出前を食しながら、本書を味わってみてはいかがでありましょうか。
 

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