博多の旨いものは「とんこつラーメン」だけじゃない ー サカキシンイチロウ「博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか」

本書がひょっとしたら、書店のフード・ビジネスの棚にあって、博多うどんのビジネス展開のあたりを想定して購入したビジネスマンは、読み進むにつれて、ちょっと違和感を覚えるのかもしれない。
もちろん、フードビジネスのコンサルタントの著者によるものなので、そういうあたりも当然アドバイスされているのだが、それよりも圧倒されるのは、「博多うどん」に対する筆者の愛情のほどで、博多うどんの「名店」の数々のレビューも含めて、ちょっと変わった、「フードビジネス論」+「博多うどんグルメ論」である。

【構成と注目ポイント】

構成は

はじめに
第1章 博多へ
第2章 こんなに違う、うどんとラーメンの儲け方
第3章 「牧のうどん」本店の謎
第4章 博多うどんをめぐる半日ツアー
第5章 片道一時間半の王国
第6章 東京で博多うどんビジネスは成功するか?
おわりに

となっていて、まずは、筆者の「うどんビジネス失敗譚」から始まる。それは筆者がまだ若いころであった1990年代、「讃岐うどん」で。最終的な全国制覇をもくろんで、うどんの聖地ともいえる「高松」と「博多」の店をつくったのだが、高松では好評だったものの、博多では「こげん硬いうどんば食べれんばい」と拒否され、しかも「うどんの本場、讃岐で人気の」とプロモーションしたがために、誇り高い博多っ子の逆鱗に触れてしまったという経験である。

で、そうした失敗譚から筆者の「博多うどん」歴は始まるのだが、本書の「博多うどんグルメ本」的に「良いな」と思うのは、そのうどん描写が「美味そう」に出来上がっているところ。

例えば、本書の博多うどん探訪は、大御所「牧のうどん」の本店探訪から始まっていて、この店は、外食産業的には減らしたほうがいいといわれる「座敷席」が厳然と残っていたり、店の前方と中央部分以外にも入り口があっていろんなところからお客が入ってくるという乱暴さをもった、(偏見ながら)いかにも「博多」という感じのところなのだが、そこのうどんは

小さめのどんぶりです。そこになみないと出しが張られています。テーブルの上に置くとタプンと揺れて、どんぶりからこぼれだしてしまいそうなほどです。丼の形はぽってりとしていて、手のひらに馴染むような姿です。
(略)
丼を持ち上げたとたん、手が重さと温度を味わいます。丼がどんどん顔に血羽化づいてきて、香りを帯びた湯気が鼻をくすぐります。丼に口をつけると、その熱さで唇がハッと目覚め、あらためてフウフウしながらズズッと出汁をすすり込みます。
(略)
うどんはなめらかでした。・・・若干前歯に抵抗するような書簡はあるものの、麺の芯の部分までやわらかで、時間が経つと出汁をグイグイ吸い込み、そして膨れて量が増え、食べたはずのうどんがまるでなくならないどころか、ぼやぼやしてると増えてしまうように感じるほどです。

といった感じ。思わず唾を呑み込んでしまいますね。

そして、第4章の「博多うどんをめぐる半日ツアー」のところでは、「ウエスト」や「因幡うどん」「かろのうろん」といった名店のうどんのレビューが続く。例えば「かろのうろん」では

まずは出汁を飲んで味わいました。これはおいしい。・・・どっしりしていて、なんい後味がすっきりしていて、出汁の香りだけがずっとあとをひきます。最後に軽い酸味が残るものだから、思わず次の一口をすすり込む。
(略)
こりゃあ凄いぞと感心しながらうどんを口に含みます。ムッチリでした。柔らかなのに、口の中で暴れる感じがします。

といった感じです。こういったのが他の名店でも続くので、詳しくは本書で堪能してください。

もちろん、フードビジネス論として、「牧のうどん」の美辞雌モデルに着目して

事業計画や出店計画を入念に練り、日本全国に店を造れるように、マーケティングして、日本全国の人に食べてみらえるような料理を作り、新たな場所に乗り込んでいく。そういう拡大戦略は、もうだめなのかもしれません。最近、それで成功している店は非常に少ないのです。
お客様からうちの近くに来てよと言われ、自然と店が増え、気づけばいろんなところに視点がある、そういう店がおそらくこれから生き残るだと思います。「牧のうどん」はまさに、そんなふうに自然に店が増えていったモデルケースです。

気になることがあったとき、気軽に行ってみようかと思える移動時間はたいてい、車で1時間半と言われます。何か大切なことをするとき、例えば幹部社員に声をかけ、本店の向上に集まろうよと言った時、一時間半くらいなら皆が大して苦にせず集まることができます、地域いちばんになるということは、移動時間一時間半以内でいちばん人気のある店、会社になりということじゃないかと思います。「牧のうどん」はその好例なのです

といったところもあるので、ビジネス論を期待している人も安心して読んでくださいね。

【レビュアーからひと言】

ビジネス本として読むか、うどんのグルメ本として読むか、悩むところではあるが、本書は「博多うどん」のまるごと本として、その魅力から、ビジネススタイルまですべてを楽しみ、学ぶ本として考えた方がいいですね。

たかが「うどん」というなかれ、様々なものが、その麺と出汁の根底に隠れているようでありますので、しっかりと味わってください。

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